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KOUICHI YOSHIOKAさん

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あとがき屋(自伝のあとがき)

18/07/11 コンテスト(テーマ):第158回 時空モノガタリ文学賞 【 あとがき 】 コメント:1件 KOUICHI YOSHIOKA 閲覧数:407

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 あとがき屋の商売をはじめて十年が過ぎた。あとがきとは詩集や小説、自伝、紀行文、エッセイ、論文など書かれた文章の終わりに本文とは別に書き添える文章のことだ。通常は書いた本人が書くことが多いのだが、本人の意向や出版社の意向で本人以外の者が書く場合もある。そのあとがきを書くことを生業としているのがあとがき屋である。
 男は六十歳の時に長年経営していた印刷会社を売却してあとがき屋を開業したのだが、予想していたとおり仕事の依頼はあまりなかった。
 勤めていた時に付き合いのあった出版社からごくたまにあとがきの依頼がくる程度だった。小遣い程度の収入しか得られなかったが、貯金と会社の売却益で死ぬまで充分暮らせそうだったので、男は仕事が少なくても不満に思うことはなかった。
 依頼される仕事といえば、素人の書いた小説のあとがきや中小企業の社長の自伝のあとがきなどがほとんどだった。著名人の作品に携わることはなかったが、まったく見ず知らずの人が書いたものにあとがきを書くことは案外楽しかった。
「手放したとはいえ、大きな会社の経営者であり、あの本の著者でもある先生にあとがきを書いてもらえれば素人の方の作品でも箔がつくというものですよ」
 出版社の担当者はそういっておだてながらただ同然で男にあとがきを書かせるのだった。男は担当者の考えなどお見通しだったが、さして気にとめることもなく聞き流していた。
 あるとき出版社からあとがきの依頼がきた。いつものようにメールで原稿を送ってくるのかと思えば、作者本人が直接男の家まで持ってきたいという。特に急ぎの用事もなかったので男は気持ちよく了承した。
 やってきたのは肌の黒いよく肥えた青年だった。家の奥へと通すと青年はしきりに恐縮して何度も頭をさげながら書斎へ入ってきた。渡された原稿は原稿用紙三百枚におよぶ自伝だった。
「わざわざ持ってきたということは、なにかあとがきに書いてほしいことがあるんじゃないですか」
 男は革張りの肘掛け椅子に腰掛けて、青年には向かいのソファを勧めた。
 まだ二十歳くらいの青年なのに自伝を書くというのが不思議だった。
「僕は近く死ぬつもりです。僕の自伝には死んだ後のことまでは書いていません。だって、死後のことまでは経験していないので書けませんから。だから、それをあなたにあとがきとして書いてほしいのです」
「死ぬって、自殺でもされるつもりですか」
「はい、至って健康なので自然死は望めないものですから」
「また、どうして。人生はまだこれからですよ。いくらでも楽しいことが待っているというのに」
「たとえば、なんでしょうか」
「恋とか」
 青年は鼻で笑うと、小声で「すみません」と言った。
 青年は語った。生きることがいかに虚しいか。恋の虚しさ、勉学の虚しさ、労働の虚しさ、金の虚しさ、着飾ることの虚しさ、食することの虚しさ、名声のむなしさ、青年にとって人生は虚しさしかないようだ。
 男に取ってみれば、青年の語ることは一面でしかなく裏返せばすべて喜びを含んでいることのように思えてならなかった。形而上学的な言葉を重ねたとしても真実からは遠ざかっていくばかりということに青年は気づいてはいないようだった。
 議論するのは稚拙で面倒だと思った男はとくに青年の言葉を否定することもなかった。
「わかりました。あなたが亡くなられたら、あとがきに死後の様子を書きますね。自殺をする瞬間から立ち会ったほうがよいでしょうか。首をつりますか。溺れますか。それともガスですか。薬ですか。切腹でもされるのでしょうか。死んだ後は、お葬式のことやあなたの死体の側で泣いている人の様子などを自伝の内容に追加する感じでいいんですね。とりあえず火葬場で焼かれる辺りまででいいでしょうか。それとも納骨されてお墓に納められるまで書きましょうか」
 青年は唸ったが頷きはしなかった。
 男は自伝を手にとってざっと目を通しはじめた。死を思うほどにこれまでどれほどに壮絶な人生を送ってきたのかと思えば、書かれている内容は平凡で、なにひとつ不幸なできごとはなく、むしろ全てが絵に描いたように順調な人生のように思えた。
「人が羨むほど幸せな人生に思えますけどな。死ぬのはもったいないような」
「つまりそれはつまらない人生ということですね」
「どうとらえるかは、あなた次第ですけど、つまらない人生なんてないと思いますけどな。まあ、あとがきのことは任せて、あなたは頑張って死んでください。」
 必死で説得でもされると思っていたのだろうか。青年はしばらく黙ったままでいると、それ以上は何も言わず帰っていった。

 青年が残していった原稿はいまも男のもとにあった。あとがきはまだ書かれていない。おそらくこの先も書かれることはないだろう。


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このストーリーに関するコメント

18/07/13 文月めぐ

拝読いたしました。
不思議な依頼、興味深かったです。
読み終わった時はすっきりとした気持ちになりました。

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