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KOUICHI YOSHIOKAさん

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あとがき屋(小説のあとがき)

18/07/11 コンテスト(テーマ):第158回 時空モノガタリ文学賞 【 あとがき 】 コメント:0件 KOUICHI YOSHIOKA 閲覧数:272

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 あとがき屋の商売をはじめて十年が過ぎた。あとがきとは詩集や小説、自伝、紀行文、エッセイ、論文など書かれた文章の終わりに本文とは別に書き添える文章のことだ。通常は書いた本人が書くことが多いのだが、本人の意向や出版社の意向で本人以外の者が書く場合もある。そのあとがきを書くことを生業としているのがあとがき屋である。
 男は六十歳の時に長年経営していた印刷会社を売却してあとがき屋を開業したのだが、予想していたとおり仕事の依頼はあまりなかった。
 勤めていた時に付き合いのあった出版社からごくたまにあとがきの依頼がくる程度だった。小遣い程度の収入しか得られなかったが、貯金と会社の売却益で死ぬまで充分暮らせそうだったので、男は仕事が少なくても不満に思うことはなかった。
 依頼される仕事といえば、素人の書いた小説のあとがきや中小企業の社長の自伝のあとがきなどがほとんどだった。著名人の作品に携わることはなかったが、まったく見ず知らずの人が書いたものにあとがきを書くことは案外楽しかった。
「手放したとはいえ、大きな会社の経営者であり、あの文学賞の受賞実績もあるような先生にあとがきを書いてもらえれば素人の方の作品でも箔がつくというものですよ」
 出版社の担当者はそういっておだてながらただ同然で男にあとがきを書かせるのだった。男は担当者の考えなどお見通しだったが、さして気にとめることもなく聞き流していた。
 あるとき出版社からあとがきの依頼がきた。いつものようにメールで原稿を送ってくるのかと思えば、作者本人が直接男の家まで持ってきたいという。特に急ぎの用事もなかったので男は気持ちよく了承した。
 やってきたのは肌の白いやせ細った青年だった。家の奥へと通すと青年はしきりに恐縮して何度も頭をさげながら書斎へ入ってきた。渡された原稿は原稿用紙二百枚におよぶ小説だった。
「わざわざ持ってきたということは、なにか書いてほしいことがあるんじゃないですか」
 男は革張りの肘掛け椅子に腰掛けて、青年には向かいのソファを勧めた。
「書いてほしいことではなくて・・・」
 腰をおろした青年は口の中で言い淀んでいる。
「どういうことかな。心配しなくても批判的なことは書かないつもりだから安心してくれ」
「読んでいただけませんか」
「ああ、後でじっくりと読ませていただきますよ」
「いま、いまこの場で読んでいただきたいんです」
「これだけの量をいまから読むとなると夕方になってしまうかもしれないけど」
「かまいません。何時間かかっても、読み終えるまで待っていますから」
 生の感想というものに飢えているのだろう。素人が書いた小説なんて、好き好んで読んでくれる人なんてそうはいないからな。
 半分面倒だと思いながらも半分は同情した男は頷くと原稿を手にした。青年は鞄からペットボトルのお茶を取り出してちびちび飲んでいる。
 青年が書いたものは私小説と呼ばれるものだった。作者自身が主人公で作者の経験や心境が書かれている。
 読んでいくと青年の人生が垣間みれてきた。青年、つまり小説の主人公は幼い頃から社会に溶け込むことができず疎外感に苛まれ、中学にあがった頃からずっと家に引きこもっていた。このまま一生社会から遠ざかっている生活を克服したいと考えた主人公は小説を書いて発表することにした。納得のいく作品が完成して文学賞に応募すると、見事大賞を受賞して本を出版することになった。主人公の書いた本は全国の書店に並んだが、まったくといっていいほど売れなかった。読まれれば必ず満足させる自信はあったのだが、人々は本文よりも先にあとがきを読んで購入するかどうかを決めているから売れない、と思った主人公はあとがきを書いた人物に復讐することにした。売れないのはあとがきのせいと思ったのだ。そして主人公はあとがきを書いた人物のもとを訪れた。
 ここまで読んだ男は恐る恐る視線を青年に向けると、青年は立ち上がり手に包丁を握っていた。
「待て、まだあとがきは書いていないぞ。それに文学賞もとっていないだろう。君の納得するあとがきを書いてやるから手をおろせ」
「あとがきの内容なんてどうでもいいんです」
「なら、なぜここに来たんだ」
「本を完成させるためです。あとがき屋のあなたをヤルことによって僕の小説は完成するのです」
 青年は血走った目で男に向かってきた。

 この本は現在塀の中に引きこもっている青年が、社会との関わりで苦悩し、努力して夢を叶えても満たされず、自己実現のためにもがき苦しんだ様が書かれています。小説の内容を現実の出来事に重ね合わせてしまうほどに作者はこの作品に心血を注ぎ込んだのです。
 男は青年の書いた小説のあとがきを書きながら、内容はともかく話題性だけでこの本は売れるだろうと思った。


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