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笹原 琥太郎さん

小説を書いて生きている。名前を変えた。

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恋人ごっこの両縁結び

18/07/10 コンテスト(テーマ):第1回 時空モノガタリ短編文学賞 コメント:0件 笹原 琥太郎 閲覧数:221

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 雨の中で、私は泣き暮れる。雨なのか、涙なのか、空に聞いてもわからない。空はただ、静かに暮れていくだけ。
 心寂しい冬の寒気は鈴の音の迎えを期待させては、落胆させる。
 座り込んだ岩の上から見える鳥居の赤が目に映る度、私の胸は酷く痛んで、向かうこともできずに俯いた。
 りん。
 空に線を引くような、愛しい鈴の音。又、りん、と鳴る。その音は段々と強くなり、最後に私の手の上で、りん、と鳴る。
来るはずがないと思った彼の手は暖かく、心地良かった。
安堵から一層強く泣き出すと、彼は綺麗な耳を動かして、焦ったように口を開く。「何処か痛いのか?それとも苦しいのか?」私は返す言葉が見つからず、ただ、目を伏せて握られた手に手を重ねた。
「目を開けて」つい一寸前に下した瞼を持ち上げる。「今日は、一緒にいよう」でも、といいかけた口を、手で塞がれた。「理由が必要なら今日が終わるまで、俺達は恋人になろう」
戸惑う私に、恋人は傍にいるものなんだろう?と付け加え、優しく笑う。口を塞がれたまま頷くと、彼はすぐに私を濡れぬよう抱きかかえ、鳥居を潜った。

軒下の階段に座り込み、じっと、雨が止むのを待つ。雨が止んだら、悲しさや切なさが、消える気がして。「恋人ってなんだろう」ぽつりと、独り言のつもりで呟いた。
すぐ傍で、私のおさげを弄って遊んでいた彼は「分け合っても良いと思える人」と静かに答え「君もいつか作る」
私は、人、と胃の中で消化できない言葉をなぞる。
「雨もじきに止むさ」慰めるように私の頭を撫でる彼の手首で鈴が揺れていた。
彼が動く度に鳴り響く二つの鈴をじぃっと眺めていたら、彼はくすぐったそうに笑って、手首についた鈴を一つ、長いおさげの先につけてくれた。
「分け合うものだから?」私が尋ねると、彼は思ったよりも恥ずかしそうな顔をした。私も真似するようにおさげの先についたリボンを解き、骨ばった彼の手首に巻きつける。
そうすると彼がまたくすぐったそうに笑うから、これが真似事じゃなければいいのに、と賽銭箱前で強く強く想う。
手を握られ、安心して目を閉じると、泣き疲れていた私はすとんと眠ってしまった。

目が覚めて一番初めに見えたのは、星の浮かぶ夜空だった。凭れ掛っていた頭を慌てて離すと、そのままでもいいのに、と彼は優しく笑う。「どのくらい寝てた?」
「二十分くらい」
二十分間ずっと繋がれたままの手に気づいて、一寸、笑うと彼が不思議気に首を傾げた。
「見て、冬の大三角」「大三角?」「ほら、あの、三つの星」「何て名前なんだ?」「知らない」
きょとん、と彼は私を見つめた後、立ち上がり、私の手を軽く引いた。楽しげに笑う彼に手を引かれるまま、胸が波打ち暖かい冬空の下を歩く。
彼の大きな背を見つめながら歩いていると、自分の子供っぽさがちらついて、胸が痛かった。私が小娘じゃなくて、大人なら、良かったのに。
「わ」
立ち止まった彼の背にぶつかる。大丈夫?と心配そうに聞かれて、大丈夫、と返す。
「どうしたの?」
 ちょい、ちょい、と彼が見慣れたご神木を指さす。「前に人間が話していたのを思い出した」
 人間、私はまた、胃の中で言葉をなぞりながら「何を?」と先を急かす。
 「ご神木の下で想いを伝えあった恋人はずっと一緒にいられるらしい」
 その言葉に内心ドキリとしながら、風で揺れる鈴の音に耳をそばだてていた。
 「まあ、本当かどうかは別として、丁度いいと思わないか?」
 今日だけ。そんな言葉が頭をよぎり、考える間もなく私は頷いた。今日を逃したら、こんな日は二度と訪れない。心の何処かで私はそう感じていた。
 一歩、また一歩と手を引かれ近づく度に、胸の鼓動が騒がしくなる。その鼓動は、とても苦しいけれど、手の温かみがある限り、辛くはない。
 ご神木の前に立つと、彼は恥ずかしさを誤魔化すように、けほん、と咳をした。私達の間に無言が落ちる。私は徐々に熱くなる頬を冷まそうと、夜空を見上げた。
 「そんなに気負う必要ないよね?」
 今日だけだから。脳裏にはそんな言葉が浮かんでいた。彼は緊張した頬を緩め、
 「ないよ」
 「そうだよね」
 言葉にならない感情を一つ一つ押し殺しながら、おさげに触れる。ずっと一緒にいられたら、そんな淡い期待を込めて、彼に笑いかけた。本当の気持ちを口にしようと決めて。

 「好きだよ」
 例え真似事でも、嬉しかったの。

 雨の中で俺は待ち暮れる。雲が大声をあげて泣いているような激しい天気で、何度だって触れたくなるおさげを思い浮かべながら、今日は流石に来ないだろうと溜め息を吐いた。
 心の中で少女の存在が大きくなっている事に気づいて、自分を諌める。
 ふ、と強い風が手首の鈴を鳴らした時、俺の名を呼ぶ声が聞こえた気がした。脳裏でおさげの少女が点滅し、瞬間、駆け出す。
 道しるべのように音を落としながら鳥居を抜ける。遠くで蹲る影は段々と濃くなり、俺の足は悟られないよう段々と遅くなる。
 顔を隠すべく広げられた両の手の片方を掴んで、顔を顕にすると、くしゃりと君の顔が歪み、心臓がドキリと跳ねた。
 「何処か痛いのか?それとも何処か苦しいのか?」君が黙って目を伏せながら、手に手を重ねると、焦った心拍が急速に落ち着きを取り戻す。「目を開けて」君の瞳孔は開いていた。「今日は一緒にいよう」でも、といいかけた君の口を手で塞いでしまった時、妖ゆえの魔が差した。
 「理由が必要なら今日が終わるまで、俺達は恋人になろう」
 後戻りできない言葉に俺は開き直って言い包め、罪悪と高鳴りと君を抱きかかえ鳥居を抜けた。
 
 賽銭箱前の階段に座り込み、雨が止んだら君が帰っていってしまう気がして、胸が締め付けられる想いで、繋ぎ止めるように君のおさげを弄って遊んでいた。
 「恋人ってなんだろう」
 「分け合ってもいいと思える人」俺は自然に言葉を続け「君もいつか作る」と紡ぐ。自分が口にした当然の現実に不可解さを感じながら、君の悲しさを少しでも減らそうと頭を撫でる。
 「雨もじきに止むさ」
 気が付くと君は、俺の手首についた鈴をじっと見つめていた。手首の鈴を見る行為は、俺自身を見る行為に良く似ていて、恥かしさが纏わり付くのを笑って誤魔化す。
 恋人という名前を借りて紐をしゅるりと解き、常に俺と共にある鈴を、君のおさげの先につける。せめて物だけでも君の隣に、なんて軽い気持ちでつけた鈴は伝染し、君がお返しにつけてくれたリボンは熱を帯びて、赤くなり出した頬を隠すように笑い、どさくさに紛れて君の手を繋いだ。
 すぐ傍にいた、君の愛らしい小さな頭が肩に触れる。飛び跳ねた心臓を気にかけながら顔を覗くと、君は安心しきった呼吸で眠っていた。
 妖の前で眠るなんて、命知らずだ。
 理性でそういってはみても、頭を満たす春の陽気は拭う気になれない。
 時間の感覚が無くなる程の隔絶感。今だけは人間である君も、妖である俺も、同じ時間軸に生きている。

 君が目覚める頃には、雨は止み、雲は去っていた。「そのままでもいいのに」慌てて姿勢を正す君に笑いかけながらも、心の中では言い知れぬ寂しさが「留めたい」と喚いているようだった。
 「どのくらい寝てた?」まだとろんとした目の君に伝える。「二十分くらい」
 一寸、笑いかけられて、笑いの理由を考えている間に、君は小さく細い指で星空を指す。
 「見て、冬の大三角」星空に夢中で君は気づかない。「大三角?」見てもいないのに聞いた。「ほら、あの、三つの星」教えようとする爪先が綺麗だった。「何て名前なんだ?」少しでも時間を稼ごうと尋ねる。「知らない」俺は星の代わりに君を見ていた。
 振り返った不用心な君と目が合う。ぼんやり見つめ合っていたら、何だか可笑しくなってきて、立つと同時に繋いだままの手を引いた。
 笑い声を噛み殺すように背を向けて歩く。硬く繋いだ手の儚い感触を覚えていようとした。
 「わ」お気に入りの神木が目に留まり思わず立ち止まると、衝撃の感覚と共に君の声があがる。声を掛けると、君は大丈夫と一寸笑って返して、
 「どうしたの?」
 「……前に人間が話していたのを思い出した」神木を指し示しながら嘘を吐いた。
 それは自然に紡ぎ出され、急かされると拍車がかかる。「ご神木の下で想いを伝えあった恋人はずっと一緒にいられるらしい」
 「まあ、本当かどうかは別として、丁度いいと思わないか?」本当に、下劣な妖だと非難されても仕方ない嘘だった。
 奇しくも君は頷いて、俺は返事をするように神木に向かってゆっくりと歩き出す。こんな事をするのは今日だけだと誓いながら。
 神木の前に立つと、突然恥ずかしさが込みあげて、一瞬でも目を離す為に咳を一つ落とす。無言な君の頬に薄い赤が浮かんでいた。
 君が星空を見上げている間、諌めるように目を閉じる。
 「そんなに気負う必要ないよね?」
 その言葉が俺にとって良い意味なのか悪い意味なのかはわからない。「ないよ」
 「そうだよね」
 例え真似事でもいい。真似事を盾に本当のことがいえるなら本望だ。それに嘘に見立てた本当なんて化け物らしくていいじゃないか。

 「好きだよ」
 次はきっと来ない。


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