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クナリさん

小説が出版されることになりました。 『黒手毬珈琲館に灯はともる 〜優しい雨と、オレンジ・カプチーノ〜』 マイナビ出版ファン文庫より、平成28年5月20日発売です(表紙:六七質 様)。 http://www.amazon.co.jp/dp/4839958211

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将来の夢 絵本作家
座右の銘 明日の自分がきっとがんばる。

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死体の家、家の死体――キャット・イーター事件――

18/07/06 コンテスト(テーマ):第1回 時空モノガタリ短編文学賞 コメント:8件 クナリ 閲覧数:556

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 百瀬シレンは、女装した状態で、血まみれの猫の死体に唇を当てて開いた瞬間を、写真に撮られた。
 人気のない、地方都市の路地裏。シレンとは中学の同級生である常磐町キネリが、スマートフォンの液晶の角度を変えながら、映り具合を確認する。
 黒いブラウスに青いスカートという今日のいでたちは、シレンのお気に入りだった。上下黒のジャージ姿で、長い髪をこれも黒いキャップの中に押し込んだキネリよりも、何倍も可愛いという自負があった。それだけに憮然として、猫の血が腕を伝って袖に染みる前に、その亡骸を地面に置く。
「その写真、どうするんだ」
「女言葉とかにはならないんだ」
 答える必要はない、ということだな、とシレンは解釈する。
「私は、キャット・イーター事件の犯人を探していたの。決して、女装した百瀬君を撮ろうと思ったわけじゃないんだけど」
「そうか。ならすぐにデータを消してくれ。今なら危害は加えないでおいてやる」
 シレンはウィッグのロングへアの間から、三白眼でじろりと、キネリをねめつけた。元々厚みに乏しい体つきなので、さほどの迫力はなかったが。
「……なんでそんなに強気になれるの」
 キネリの体はシレンよりも更に細いが、気圧された様子もない。
「恥ずかしい真似をしているわけじゃないと信じることと、恥ずかしくないのとは、別の問題だからだ」
「そんなに堂々と言われても。でもさ。私は、犯人の撮影に成功したんじゃないの?」
 キネリはシレンに詰め寄り、猫の死体を拾い上げた。ディパックからビニール袋を取り出し、その中に詰める。
「証拠確保」
「僕は今、猫を殺してもいないし食べてもいないだろう」
「見たところ野良猫みたいだけど。ばい菌いっぱいの猫の死体をわざわざ手に持ってかぶりついて、それなら、何のつもりだったのよ」
「君に僕のことは理解できない」
「話くらい聞いてあげてもいいけど」
 キネリは顎で、近くの裏山への入り口がある方を指した。
「私の領域でならね」



 キャット・イーター事件は、まさに猫が標的となってから、そう呼ばれるようになった。
 最初は芋虫やクモが犠牲となっていたので、道端に捨てられたそれらの死骸に注意を向ける者はいなかった。
 次第に、ミミズ、トカゲやカナヘビ。野ネズミや蛇を経て、猫に至った。
 さほど大きくはない街で、三ヶ月ほどの間に猫だけで十五件。刃物で切り裂くのではなく、噛み裂いて内臓をえぐられたような傷跡から、キャット・イーター事件と呼ばれた。
 信憑性は低くも、目撃証言では犯人はやや背の高い、赤いワンピースの女。猫の腹の傷に食らいつき、血をすすっていたという。



「それって、百瀬君なのね」
「そうだよ」
 裏山は、それなりに険しく、歩くのにも苦労する。シレンはスカートをさばきながら、苦労して進んだ。
 中腹で、先を行っていたキネリが道を外れて藪に入り込んだ。
「おい」
「この先なの。言っておくけど、人目がないからって私に変なことしないでよ」
「しないよ。常磐町はノブチカと付き合ってるんだろ。あいつに殺される」
「あなたたち、幼馴染だっけ」
「そう。ノブチカの弟がいじめられたのを、僕が助けてやって、それから仲良くなった」
「それが今や、女装して猫の死体にしゃぶりついてるのね」
「いいだろ、別に。誰に迷惑かけたわけじゃなし」
「猫を殺す必要がないわ」
「必要なんて。生きる必要のある人間だっていくらもいないじゃないか。他は全員殺してもいいのか? 常磐町は命ってものをどう考えてるんだ、まったく」
 二人がたどり着いたのは、粗末な造りの廃屋だった。木造の平屋で、あちこち傷み、シレンが思い切り蹴とばしたら柱ごと崩壊しそうに見える。
「ここが、常磐町の領域?」
「どうぞ」
 中へ入ると、シレンはかび臭さに閉口した。
「さ、おうちだよ」
 キネリはビニール袋を取り出し、猫の死体を廃屋の片隅――元は居間らしい部屋の――に置いた。
 居間の先に台所。のれんの残骸が下がっている。その右手に、シレンは全く使う気はしないが、和式トイレ。さらにその右に風呂場。ドアはどれも既に壊れ、中が丸見えになっていた。
「ここには死体しかないの。死体の家で、家の死体。椅子の死体に、テーブルの死体、布団の死体。台所には食器の死体。周りの腐葉土は葉っぱの死体だし、ペットも死体」
「生きているのは僕たちだけか」
「いいえ。百瀬君は、オスの死体」
「決めつけるなよ。常磐町は?」
 キネリは答えずに、廃屋の一角を指さした。よどんだ水が溜まっている。
「あれは水の死体。気を付けてね、ここ水はけがめちゃくちゃ悪いみたいで、その辺の床板踏み抜いたら、結構ちゃぷちゃぷしてるから。でもこの家で一番心地いいのは、ああいう水に腕とか足とか浸してる時。死体に包まれて、」
「常磐町」
「なに?」
「僕はノブチカにキスされた。昨日」
 この廃屋に着いて初めて、二人の視線が真正面から合った。
「常磐町、目、おかしいぞ」
「そう。百瀬はノブチカのこと好きなの?」
「僕は誰でもいい」
「誰でも?」
「多分、このスカートの中に手を入れられたら、その人のことを好きになると思う。思春期だし」
 キネリがシレンにキスをした。それから、スカートの裾を持ち上げて左手を差し入れる。
「百瀬、どんな気持ち?」
「お前を殺してやりたい」
「男の方が好き?」
「僕は心が女ってわけじゃないし、同性愛者でもない」
「じゃあ何が欲しいの」
「子供が産みたい。欲しいんじゃなくて、産みたいんだ。もしかしたら、ノブチカとならできるんじゃないかとは思ってる」
 廃屋の外は、虫や動物の声が鳴っている。ただ二人のいる空間だけは、死体の腹の中のように静まり返っていた。
 キネリが、シレンのスカートから手を抜こうとした。
「常磐町。猫を食べたら、猫が産めるって本当かな。僕は猫なら愛せるかもしれない。可愛いものな」
「無理だと思うよ。ノブチカ、多分子供作れないもの。すぐ吐くし、猫なんて可愛がれないかも」
「誰が受け入れて欲しいなんて言った」
 シレンが眉根を寄せたのを見て、ようやくキネリはそのスカートから手を引き抜いた。その手首から肘の裏側までに、無数の傷跡が走っている。
「……急に、寂しそうな顔しないでよ。ここにいる時は、楽しい気持ちでいて欲しい」
「生きている人間の中で暮らしてると死にたくなるのに、死体に囲まれていると、生きていられるんだな」
「生きてるの楽しい」
「常磐町、ノブチカからもらった薬を全部出せ」
「お父さんと先生に会いたい」
「二人とも首吊りと飛び込みで死んだだろ」
 シレンはキネリのディパックを取り上げ、中に入っていた紙袋をつかみ出した。キネリは抵抗しなかった。
「お前と、こんな風に会って話せたのは、結果としてはちょうどよかった。いいか、今なら取り返しがつくはずだ。明日は普通に学校に行こう」
 シレンはキネリの腕を掴んで、廃屋から出た。
 ふもとに着いて別れるまでキネリは無言で、土も植物も、虫も鳥も月明りも、静かだった。

 翌朝は、よく晴れた。
 シレンは制服姿ではなく、白いワンピースで女装して、校門の近くの角に立っていた。
「うお、シレン。何だよその恰好」
 そう声をかけてきたのは、ノブチカだった。
「ノブチカ。どうして常磐町に薬なんて渡したんだ?」
「預けただけだ」
「今の常磐町なら、手を出すって分かってただろう」
「お前、もっと人を信じろよ」
「姉さんも先輩も自殺した。人は死ぬんだよ。なんで笑ってるんだ」
 いきなり、ノブチカがシレンの頬を強く張った。
 甲高い歯ぎしりと共に、シレンはバッグに隠していたナイフを取り出した。
 しかしその腕をノブチカがねじり上げ、ナイフもノブチカの手に渡った。
「あっ」
「あっじゃねえよ、変態野郎。昔からお前」
 その時、ノブチカに、後ろから駆け寄ってきたキネリがぶつかった。腰だめに構えていた包丁を、キネリは両手で深々とノブチカの脇腹に差し込む。
「キャハハハハハ!」
 返り血を浴びたキネリは笑いながら、校門をくぐって行く。
 ノブチカはくずおれ、シレンがそれを見下ろした。
「……ノブチカ」
「おう」
「僕は、お前が殺した猫に、命を吹き込めるんじゃないかと思って、試したんだ。傷口に口を当てて」
「どうだった?」
「僕は子供も産めないし、命も吹き込めない」
「嘘だろ」
 校舎の方から、予鈴と共に、悲鳴が響き渡り始める。
「じゃあ、常磐町のところに行くよ」
 ノブチカはもう答えなかった。
 シレンのワンピースが血で真っ赤に染まっている。

 ――寂しい。
 寂しくて悲しい。
 また、あの死体の家に入れてもらおう。
 常磐町と、床下の水に頭まで潜りながら内緒話をしよう。
 分かり合えない同士なら、好きなことを言い合える。
 生まれない子供の話や、もういない人たちの話をしよう。
 取り返しのつくものなんて、どこにもない。
 その代わりに、失くしていいものもひとつもない。
 死に続けながら生きていく。


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このストーリーに関するコメント

18/07/23 滝沢朱音

死体の家が領域=B死に囲まれている世界のほうが寂しくないと感じる主人公には、
生の平凡な世界では、生きている実感を得られないのでしょうか。
セリフ1つ1つの鋭いやりとりが、まるで真剣の勝負のように思えました。

18/07/24 クナリ

滝沢朱音さん>
今回の登場人物たちは、どこか噛み合っていないと言うか、相手のことは見ているんだけど自分の意志を伝えることを我慢できない、ということが多かったです。
色々ひどい話ではあるんですが(^^;)、彼らにはやりたい放題やってもらいました。
コメント、ありがとうございました!

18/07/28 文月めぐ

拝読いたしました。
怖い事件を扱った物語ですが、その裏にある主人公の寂しさ、悲しさが印象に残りました。
生きることと死ぬこと。相反する二つの事柄をとらえた「死に続けながら生きていく」という言葉に主人公の寂しさが表れているように思いました。

18/07/28 クナリ

文月めぐさん>
いいことと悪いことという枠からいったん外れて、今回の出演者たちには言いたいことを言ってもらいました。
生きてるってつらいことばっかり多くて本当にやりきれないんですけど、でも死なない理由だってきっとあるのだと思いたいです。

18/07/28 石蕗亮

拝読致しました。
死生観の絡み合いとそれを奏でる猟奇性と非日常感が心地よい作品でした。
非日常を描いているのに読みやすいリズム感のある文体。あぁ、美味しいです。
そしていつも思う。羨ましい。

18/07/31 クナリ

石蕗亮さん>
変な話ですが、それぞれの価値観や思考は遮らずに出していってもらいました(^^;)。
言葉だけじゃなく行動もひどいものですが、彼らのむき出しの死生観が出せていれば嬉しいです。

18/08/01 冬垣ひなた

クナリさん 拝読しました。

猫を殺すノブチカ、死に急ぐキネリ、子供を産みたがり生き返りを信じるシレン。それぞれの衝動が刃のように鋭く、色々考えさせられます。死と生の垣根はそれほど高くない、けれど勝手に取っ払っていいものでもない。望む望まざるにかかわらず、誰もが死に向かって生きている。4000字でより濃密に、クナリさんの描く独特の世界観があらわれた作品だと感じました。

18/08/03 クナリ

冬垣ひなたさん>
分かりあう、ということをある程度放棄しており、登場人物もそのつもりでいる世界というのはなかなかに好き放題書けるものだなあ、と思いました(^^;)。
エゴとエゴがぶつかり合うなかでどう生きるか、それは幸せなのか……とか時々考えますね。
とりあえず生きてるに越したことはないなあ、と思いながら……。

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