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kouさん

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魂の製図

13/01/07 コンテスト(テーマ):第二十一回 時空モノガタリ文学賞【 学校 】 コメント:0件 kou 閲覧数:1932

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 松原優斗の出自を語る上で、建築学科日誌五十三号を紐解かなければならないのは、いささかめんどくさい。東京都杉並区の閑静な住宅街に生を受け、今なお両親は公園を元気に散歩している。「どうも」と私が軽めの挨拶すれば、「君、誰?」と返答されたときは、私の存在意義とは?という疑念が脳内を駆け巡ったが、鏡に映った自分の姿を仔細に眺めた際に、存在意義を見いだした。鏡というのは不思議なもので、己と己が対峙し、魂が吸い込まれそうな雰囲気を醸し出している。1㎗ぐらいは吸い込まれているかもしれない。まあ、それはいい。
 私は、松原と建築学科で同級生であり、現在は建築に携わっていないが、ジャーナリズムという無駄なのか、愚かなのか謎めいた正義に目覚め、世界を飛び回ろうと模索している。そう、模索している段階だ。準備なくして勝者はないのだから。それこそ言い訳に聞こえるが。
 松原というのは学生時代から、独自の雰囲気を醸し出し、切れ長の眉、目、安定感のある唇、は雰囲気も相まってか女性に人気があった。しかし当の本人は気違いのように製図を描いていた。魂を込めて。
 あれは建築学科三年のときだった。同級生に酒井保、という保守的な名前そのままの人物がいた。それでも彼の描く製図は、松原と良い勝負というか互角に近かった。松原が幻想的で中世ヨーロッパ風の製図を描くならば、酒井保は対照的にシンプルイズベスト。徹底して無駄を省く。酒井という人物は(職人気質にありがちな)無口だ。それでも内に秘めた闘志を人一倍抱えているのは当時のクラス全員が知っている。さらには松原をライバル視していることも。こんな記憶も蘇って来る。
「おい、松原」突然、酒井が口を開く。松原が切れ長な目をさらに細めた。
「君の描く製図は人が住む家ではない」と酒井が言い、「住まいは君に任せる。僕は魂を住まわせるよ」と松原が言い、すぐに手元の製図に目を落とし、また描く。酒井は面を喰らったような表情をし、クラス全員は松原と酒井のやり取りの意味を思案していたが、答えは見いだせなかった。
 卒業制作の締切りまで三ヶ月を切ったとき、酒井が事故にあった。事故というよりは、踏切に飛び込んで列車と衝突したらしい。彼に一体何が起こったのか。その列車衝突事故が起こる前に、酒井が意気消沈し、げっそりし、松原と会っていたという証言がコンビニ店員から寄せられている。松原は警察関係者にこう語っている。「彼が描いた製図を渡された」、と。私はその言葉に首を傾げる。あの酒井がライバル視している松原に製図を渡すだろうか、命と呼べる製図を。
 それ以来、建築学科の窓際の酒井が座っていた席から、夜中に火の玉の形をした光りが目撃されるようになる。酒井の亡霊だ、という目に見える恐怖はたかが知れている、本当に怖いのは目に見えぬ恐怖。その実体のなさに皆が恐れおののいた。卒業制作の締切を一ヶ月後に控えた夜、私は個人的に建築学科火の玉事件、と勝手に銘打って教室に乗り込むことを目論む。それも律儀に警備員に忘れ物をしたから、と頼んだ。その警備員は意外とラフな対応で、「むしろ君が警備員にならないか?」と疑問系で返され、そこはシカトさせてもらった。
 問題の建築学科三年の教室は、お決まりの三階にある。圧倒的な南向きで昼間は陽光が鬱陶しい場合もあり、眠気を催すが、今は夜だ。闇が空を覆い、学校全体を覆っている。齧りたくなるようなまん丸の月が見えるが、その月明かりもどこか悲しそうだ。
 私は教室の前に立ち、扉を開く。オレンジ色の丸いものが灯っている。心臓は早鐘を打ち、扉に手を掛け、ゆっくり、着実に引く。なるほど。私は納得する。そこにいたのは松原優斗で、豆電球が灯っていた。彼は私を右目でちらっと確認し、また手元に視線を向ける。ゆっくりと芋虫のように私は彼に近づく。
「君だったのか、幽霊は」私は言った。彼は何もいわない。手元を見ると、製図を描いていた。しかしそれは松原の製図ではない。あまりにシンプルすぎるからだ。
「あの日、酒井は僕に言ったよ。『君が理解できない。なぜそこまでの才能があるのに、人が住む製図を描かない』、と。彼は憔悴しきり、何かに焦っていた。もしかしたら僕に責任があるのかもしれない。僕は言葉で伝えるのは苦手だ。だから彼を弔う」と松原は製図を描き、描き、そして手を止めた。私はその間、黙って見つめた。完成された製図は松原と酒井、両者の才能が反映されているものだった。ライバルであり、刺激し合える関係は、松原も一緒だったのかもしれない。
 私はその場を離れ、足を止め、松原の方を振り向き、目を見開いた。なんとそこには、酒井が笑みを浮かべ、松原の製図を眺めていた。
 先日、私は「君にとって建築とは?」と訊けば、松原は「魂との融合」と即答した。


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