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小峰綾子さん

性別 女性
将来の夢
座右の銘 笑う門には福来る

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イニシャルK.I

18/07/03 コンテスト(テーマ):第158回 時空モノガタリ文学賞 【 あとがき 】 コメント:1件 小峰綾子 閲覧数:356

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本屋で平積みされていた新刊の表紙「森田健一」の文字が光って見えた。もしかして…まさか、そんなこと…。

森田健一は、15年も前に恋人だった男が当時小説を書いていた時に使っていた名前だ。しかし、どこにでもありそうな名前であるが故、同姓同名の作家がいてもおかしくはない。彼とはあれ以降交流もないので小説を書き続けているのかどうかも知らない。

帯に書かれている文字「遅すぎた再会 この愛を あなたは受け止められるか」

どうやら恋愛小説であるらしい。

結局その本を買って帰り、その日のうちに読み終えてしまった。あまり分量が多くないとはいえ、休憩なしで一気に読むことができたということは読みやすく魅力的なストーリーであることは分かる。

婚約者は30歳の男性、婚約者との結婚を控えていて結納や式の日取りも決まっていて、仕事でも活躍しているが、ある日突然「このままで自分は幸せになれるのか」という根拠のない不安に駆られる。やがて、男は婚約者に突然別れを告げ仕事も辞め、旅に出てしまう。後半は彼がアジアを旅する描写となる。

そして、タイのアユタヤ遺跡の前で一人の女性を見つける。導かれるように二人は視線を合わせ、歩み寄る。その女性は、主人公の男性がかつて深く愛した人だった。

というストーリーだった。

あの人と別れたのは、彼の「浮気」が原因だった。もともと女好きであるのと、人当たりが良いくせにどこか暗い影を背負う彼には一定数惹かれる女性もいるようだった。かく言う私もその一人である。しかし、私だけは彼を変えることができる、彼の弱い部分を支えて守ってあげられる、とどこか思っていたのだ。なんて愚かで若かったのだろう。結局、彼に言い寄ってきた女性を彼は拒まなかったし、相手の女の連絡であっさり露呈したのだ。

「君は、俺の書いた文章を読んでくれたことがなかったじゃないか」
そう、私は純文学や恋愛小説を読まない。人の人生や恋愛に興味がないという理由だった。
彼の書いている小説に興味が持てなかったのは確かだ、しかし、彼が一生懸命になっていることは応援していたつもりだし、彼の文章の良しあしが分かることと彼を支えられることは別だと思っていたのだ。
「あの子は、俺の小説を、すごいと、今まで読んだ小説の中で一番好きだと言ってくれたんだ」
それが浮気の理由?ふざけるな、何時だろうと彼がお腹が空けばご飯を作り、肩が凝ったと言えばマッサージをし、彼が小説を書くのに邪魔にならないよう、寂しくても会いたくても我慢してきたのに。
「あなたみたいに、人の気持ちも分からない人が書いた小説なんて、誰が読みたいと思うの!」
これが、私が彼と最後の日に吐いた言葉だった。

久々に昔のことを思い出してしまった。私は今の自分自身の生活に満足しているというのに。しかし、時々「あの時彼と別れなければ」という思いが時々頭によぎることもいまだにあるのは事実だった。
今思えば、興味はもてなくても彼の書いたものを読んでおけばよかった。15年経っているとはいえ、文章を読めば「これは彼の文章だ」と分かったかもしれないのに。

そう思いながら私は1度読んだ本をパラパラとめくっていた。

その時、まだ読んでいなかった「あとがき」のページの「この本をK.Iに捧ぐ」という一文が目に付く。思わず呼吸を止めてしまう。私の元々の名前のイニシャルはK.Iだ。

イニシャルが同じ人なんてこの世に山ほどいるだろう。この本の作者は彼じゃないかもしれない、イニシャルもただの偶然かもしれない。しかし、この本のストーリーを踏まえると、このあとがきの一文はかつての恋人、結ばれなかった人に当てたメッセージというふうに見られなくはない。

さて、私は気づいていた。表紙の内側、開いたところには大体、作者のプロフィールが載っていることに。そこを見れば、出身地や生年月日、経歴などから、これが彼であるかそうでないのかの確信を得ることができるかもしれない。そうでなくてもこのご時世、ネットで調べれば小説家の経歴なんて簡単に分かるだろう。

しかし、それは今はどうしてもできないということも分かっていた。今の私には家庭がある。夫と、5歳になる娘もいる。

もしこのメッセージが、本当に私宛のものだったとして、それが分かったとしてどうすることができるのか、この小説のようにすべてを捨てて彼のもとにいけるのか、それで幸せになれるのか。
プロフィールは見ないまま、そっと本を閉じた。

もしかしたらあの人は、私を失ったことを今でも悔いていて、でもどうすることもできなくて、こんな小説を書き、あとがきに、届かないであろうと思いながらこんな一文を載せているとしたら。

そんなことを夢想しながら、毎日を生きていけたら、平凡な私の毎日も、少しは輝くかもしれない。


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このストーリーに関するコメント

18/07/05 文月めぐ

拝読いたしました。
かつての恋人だと思われる男性からのメッセージ、どきどきしました。
しかし、恋人の作品だったのか確かめなかった主人公、こういう選択もあるのかもしれませんね。

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