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向本果乃子さん

目をとめて読んでいただき嬉しいです。読者としても、自分には書けないジャンル、アイデア、文体がたくさんあって、楽しみながらも勉強させて頂いてます。運営、選考に携わる皆さんにはこのような場を設けて頂き感謝しています。講評はいつも励みになります。

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ユタのあとがき

18/07/03 コンテスト(テーマ):第158回 時空モノガタリ文学賞 【 あとがき 】 コメント:0件 向本果乃子 閲覧数:470

時空モノガタリからの選評

物語の本編とあとがきの関係は、確かに恋愛と失恋の関係に似ていますね。「あとがきのつもりで書いてたら、いつの間にか新しい物語が始まってたんだ」というユタの言葉通り、書くことによる経験の再構築には、痛みを血肉とし、新たな人生を始めることを可能にする力があるのだと感じます。書くという能動的行為の魅力を強く感じさせてくれる作品でした。

時空モノガタリK

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 小説のあとがきは不要派だとユタは言う。
「俺が夢中で読んできた物語について、実はこういう気持ちで書いていた、こんなきっかけで書き始めた、あれが最後へ繋がる伏線だった、とかそんなこと終わってから言われても、俺が感じて考えてたことと全然違ったらどうなるんだよ。えーそんな意味だったの?とか知りたくないんだよ。百歩譲って作者の近況とか内容に関係ない話だったらいいけど、でもそれはそれで本の雰囲気や世界観から急に現実に戻されるっていうか、作者の魅力と作品の魅力とまた別だろ」
 ユタの熱い語りに「だよな」と気のない返事をしながら俺は三杯目のジョッキを注文する。
「だけどな、今回ばかりは俺にはあとがきが必要だ」
 急にしんみりと言い出すユタ。
「もう飲んで忘れろよ」
 俺の言葉も届かず自分の世界に入っている。
「急に終わりにしましょうって言われたって終われないだろ?The Endじゃねーよ。俺の中ではTo be continuedだろーが。むしろI’ll be backとか」
「それ映画だし、古いし」
 卵焼きをつつく俺の前でユタは半分くらい残っていたジョッキを飲み干して宣言した。
「決めた!俺はあとがきを書く!」
 いやいや意味わかんないから。あなた本読みだけど作家じゃないし、どっちかというと体育会系だし。彼女に突然フラれてショックでパニクってるのもわかるけど、あとがき書くって何だ?
「俺は彼女との出会いから別れまでの物語の意味を知らなきゃならない。なぜ俺たちは出会い、大学に入ってからの一年を共に過ごしたのに、今別れなくてはならなかったのか。どこに伏線があったのか」
「何の伏線?」
「別れのに決まってるだろ!ちゃんと終わらせるためにも、俺はあとがきを書く」
 
 酔っ払いの戯言だと思っていたら、ユタは本当に何やら書いている。
「例え話じゃなくて本当に書くんだ?あとがきだけ?本編なしで?」
「本編はもう終わってるだろ」
 大学の学食のテーブルでノートパソコンを開き何やら打ち込みながらユタは言う。図書館でも中庭のベンチでも授業中の大講堂の後ろの席でもずっとパソコンに向かっている。スマホじゃなくてわざわざパソコンてところに本気度が伺える。
「ずいぶん壮大なあとがきになりそうだな」
「ああ、今、五十頁を超えた」
「…」
 しかし書いているうちにユタは生気を取り戻していくようだった。顔色もよくなり、イキイキとした表情を見せるようになり、話す声にも張りがある。別れてしばらく飲んだくれていたのが嘘のように元気になっていく。たまに見かける元カノの隣には別の男がいるけど、そんなことも気にならないようだ。

 二ヶ月後、俺はあとがきを書く宣言を聞いたのと同じ居酒屋で、プリントアウトされ綴じられた分厚い原稿を読まされていた。これ全部読ませる気かよと思って読み始めたのに、俺はいつの間にか引き込まれていた。
 何度も推敲して最初に書いた半分は消した、と作家のようなことを言っていただけのことはあった。それが実際に起きたとおりのことかどうかは別として、ユタの中で彼女との一年が一つの物語に再構築されていた。なぜ別れなければならなかったのか、その伏線はどこにあったのか、それは結局はっきりしなかったけれど。それでも、ユタの気持ちが整理され切り替えられたことは伝わってきた。
 二人の恋愛はユタという作家によって描かれた物語に変わっていた。もうユタ自身の失恋話ではない。何より原稿の半分は、彼女との話ですらなくなっていた。書くという喜びをみつけたユタの興奮が伝わってくる。
「もはやあとがきじゃねーな」
 俺の感想にユタは酔っ払った隙だらけの顔を嬉しそうにくしゃくしゃにして頷いた。
「あとがきのつもりで書いてたら、いつの間にか新しい物語が始まってたんだ」
「なんか、ちょっと深いな」
「お前も本読みだな」
 にやりと笑うユタを俺は複雑な思いでみつめる。だってずっと俺は書いてきたんだからな。お前が彼女と仲良くやってるその間俺はずっと一人で書いてたんだ。ユタへの報われない思いをどうにか昇華させるために必死で。
「俺はやっぱりあとがきは不要派だ」とユタが言う。
「そうだな」と俺が言う。
 お前は本編を生きろよ。ユタのあとがきは俺が書くから。ユタがどんな風に考え、感じ、生きたのか、しっかり見届ける。お前がそれを読むことはないんだから、余計なあとがきを書いたっていいだろ?
 ユタは嬉しそうにバイト先の女の子の話を始めている。無邪気なユタのくしゃくしゃ笑顔を見たら俺も笑っちまう。本当は泣きたいはずなのにユタの笑顔は最強で、俺を今日も幸せに苦しめる。
 ああ、やっぱり俺が書くのはユタのあとがきなんかじゃなく、俺自身の本編なのかもしれないな。
 ユタの笑い声を聞きながら、俺はジョッキに手を伸ばす。


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