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W・アーム・スープレックスさん

性別 男性
将来の夢
座右の銘 作者はつねにぶっきらぼう

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あとがきの本

18/07/03 コンテスト(テーマ):第158回 時空モノガタリ文学賞 【 あとがき 】 コメント:0件 W・アーム・スープレックス 閲覧数:207

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 いつものように英介は、書店にでかけると、片端から本をぬきとっては、次々とその本のあとがきに目をはしらせた。
 これまで数えきれないあとがきに目を通してきた英介だったが、肝心の本文のほうはいちども読んだことはなかった。
 他人からいわせると、そんなの、どこが面白いということになるが、本人はけっこうたのしんでいて、あの本はよかった、あの本には泣けたよなどとおおっぴらにいうので、それをきいた人々はてっきり彼が一冊まるまる読破したものとおもいこむのだった。
 あとがきだけだからあっというまに読めてしまい、一回書店にいっただけで何十冊もの本を読破するため、英介は周囲から大変な読書家とおもわれていた。
 英介がまちの読書クラブにはいったのも、彼がのぞんだからでなく、彼のその豊富な読書量を人づてに耳にした同クラブのめんめんから、なかば強引に勧誘されたからにほかならない。
 最初は気のりうすの英介だったが、公民館の広い一室に集まった大勢のクラブ会員をひとめみるなり、あっさり入会を承諾した。クラブ会員の大半が若い女性で、そのうえ、女性たちから彼にむけられる、まるでアイドルでもみるような熱いまなざしにふれたら、彼でなくてもよろこんで入会したことだろう。
 さっそく彼女たちは、じぶんたちがみたり読んだりした本の感想を英介にもとめた。
 英介はすらすらとよどみなく、きかれたすべての書物の感想を得意げに語ってきかせた。そのどれもが実際に読んでいなかったらまずいえないような、核心をついた意見だったので、あらためてクラブのみんなは彼の読書力を絶賛した。
「いつも、何冊ぐらい読まれるのですか」
 上山恵子という会員のひとりが、英介にたずねた。
「ニ十冊ぐらいかな。興が乗ると、その倍は読みます」
「一週間に、ですの」
「いえ、一日です」
「ま、信じられない。はやくよめるコツみたいなものはあるのでしょうか」
「無心に読むだけです」
「よかったら、これからも、読書のてほどきおねがいできませんか」
「それはよろこんで」
 上山恵子がはなれていくと、すぐまたべつの女性がちかづいてきて、同じような質問をしては、最後にやっぱり、読書のてほどきを願い出るのだった。そんな女性が初日だけで何人もあり、英介にはそれらの顔をおぼえるひまもないぐらいだった。
 彼はそのなかの何人かの女性とは、よかったらこんどどこかカフェにでもいって読書の手ほどきをと、口約束をかわしていた。その話をあとからきかされた上山恵子は、じぶんがカフェに誘われなかったのはどうしてだろうと悩んだ末、彼の気をひくには、なにをすればいいかを案じたあげく、それにはやはり、あまり人が読まないような本をえらんで、彼に感想をもとめるにかぎると考えた。そして次の集まりの日に、さっそく彼にその書物のことをたずねてみた。
「え、うーん。その本はあいにく、しらないな」
「あなたでも、知らない本があるのですか」
「そりゃいくらぼくだって、この世のすべての書物を読んでるわけじゃないから」
 それは彼のいうとおりだった。恵子も納得して、むしろ彼の素直な態度に好感を抱いたほどだった。
 このときの経験から英介は、それまでにもまして書物のあとがきを、むさぼるように読み漁るようになった。一日ニ十冊どころではなく、三十冊、ときには五十冊もの本のあとがきに、目をはしらせたりした。彼は彼なりに、たずねられた書物に対して、しらないとだけは答えたくなかった。。
 ある日のこと、書店で手にとった新刊書の表題をみて、彼は眉をひそめた。その表題とは、
『あとがきの本』というものだった。
 いやな予感にかられて英介は、このときばかりは中身をひもといてみた。はたしてその本は、世に出回っている書物の、あとがきばかりを集めた書物だった。ふだん彼がクラブの女性たちに語っているのとまったくおなじ文面が続々とあらわれた。読書クラブの彼女たちには、まちがっても読まれたくない本だった。
 いったいこの本のあとがきにはどんなことが書かれているのだろう。いつもの習慣で、末尾をひらいてみるとそこには、つぎのような文面がしるされていた。

 ――この本にはあらゆる新刊書のあとがきが網羅されている。これさえ知っていれば、あとがきのみを読んでしったかぶりする連中にもう、あなたは欺かれることはないだろう――。

 英介は、これまた習慣から、次回のクラブの集まりの日に、みんなからこの新刊書のことをきかれたときのために、しっかりとそのあとがきを頭にたたきこんでいた。
 


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