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小峰綾子さん

性別 女性
将来の夢
座右の銘 笑う門には福来る

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TVで見たのと少し違うけど

18/06/30 コンテスト(テーマ):第1回 時空モノガタリ短編文学賞 コメント:0件 小峰綾子 閲覧数:252

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「今日は帰りが遅い時間になるので夕食は何か買って食べてください。お金置いてあるからね」

帰りのバスの中で母からのメールを確認する。最近は特に珍しいことでもない。「コンビニ弁当で夕食なんて新鮮」と思ったのは最初の何回かで、ワンパターンの濃い味ももう飽きてしまった。ここ何回かは最寄りのコンビニではなく少し離れたスーパーまで弟とお惣菜を買いに行くのが続いている
バスを降りた後、弟に電話したら家にいたので、スーパーの入り口で待ち合わせする。

今日は弟が「ラーメン食いたい」と言ったので、インスタントラーメンとチャーシューと味付き卵を買って帰宅した。麺をゆでている間にネギを刻み、缶詰のコーンを開ける。
「うまい?」
「ん。まあ、普通。まずくはない」
2つ年下の弟は中3。この年の男子にはよくあることだとは思うが、無駄な会話をしたがらず、そっけない。でも「まずい」と言わず食べるあたりはまた可愛げがあるのかもしれない。最近こんな風に弟と二人で夕食を食べることが多いのは、母と父が頻繁におばあちゃんが入院している病院に足を運んでいるからだ。

私たちのおばあちゃんは、がんだ。末期の。余命半年と言われてから、明日でちょうど半年を迎えることになる

次の日は土曜日で学校が休みなので、おばあちゃんのところに家族全員で出向いた。半月前から「ホスピス」というところに入っている。おばあちゃんはもうほとんどご飯を食べられず、時々ベットの角度を少し調整して座った状態にしてゼリーを食べる程度だ。父母と弟が買い物に出てしまったのでその間は私が留守番をするように言われた。おばあちゃんは今はすやすやと寝息を立てている。もうすっかりやせてしまって肌もカサカサしているが、時々見せる笑顔のかわいらしさは変わらない。寝ていたおばあちゃんが不意に目を開けた。
「夏子さん?」
夏子さん、というのは私のお母さんの名前。私とお母さんを間違っているようだ。
「お母さんは買い物行ったよ。私は、惠利子だよ。どうしたの?」
「ああ、えりちゃん。お茶あるかい?」
しわがれた声で、かろうじて聞き取れるぐらいの音量で言う。
「あるよ」
お茶や水を飲むときは、コップからではなく「吸い飲み」と言われたじょうろのような容器から飲んでもらうように言われていた。吸い口をおばあちゃんの口につけると、ほんの少し飲んだのかどうかも分からないほどの少量のお茶を口に含む。
「ありがと」
小さく言って、再びおばあちゃんは横になり再び寝息を立て始めた。

「私、明日銀行行ってお金おろしてくるから」
「お義姉さん、暗証番号控えてあります?」
「あるある。大丈夫よ。あと、浴衣を買っておかなくちゃね」
「それは明日こちらで」
母とおばさんは事務的に淡々と打ち合わせを続けている。弟は私の横でスマホのゲームをずっとやっている。父は仕事の調整か何かで電話に行ってしまった。なんとなく大人たちや看護師さんや先生たちの話しぶりを聞いていると、もうおばあちゃんは長くはもたないんだろうなということは分かってきた。母は
「今夜か明日、ということはあるんでしょうか」
と聞いていた。それはどうやら医師にも断言はできず、息を引き取るのが今この瞬間なのか、それとも一週間後なのかは分からないということだった。

なんだろう、私がイメージする人が死ぬ時っていうのは、家族に囲まれる中で、遺言と言うか最後の言葉みたいなのを言って、ぱたっと、眠るように意識が無くなって、心電図?みたいなのがベットの横にあって、だんだんそれが横ばいになっていって、最後ピーとなって、
医師が「ご臨終です」と言って・・・それで周りが泣いたり、「おばあちゃん!!」と孫たちが騒いだり、そういうものだ。多分テレビドラマで何度か見た場面なのだろう。でも、だんだん弱っていくおばあちゃんの横で、誰もはっきり言わないけどおばあちゃんはもうすぐ息を引き取るのに、悲しんだりもせずにみんな普通に過ごしている。それどころかお葬式の相談なんかを始めている。そういうのって不謹慎っていうんじゃないのか。

「死んじゃったら、家族であっても貯金は勝手に降ろせないものね。できるうちにできることやっとかないと」
おばさんがそういった時、つい、モヤモヤした気持ちを吐き出してしまった。
「おばあちゃん、まだ死んでないのに、死んだ後の話するの失礼じゃないの?みんなおばあちゃんに話しかけたり見守ったりしようよ!」
丁度父が電話からもどって病室に入ってきたところだった。私以外の4人は動きを止めて、しん、と部屋が静まり返って、おばあちゃんのかすかな呼吸だけだ響いていた。

「恵利子、そんな言い方しないの。おばさんはそういう気持ちで言ったんじゃないのよ。」
母が言う。ついでに弟が舌打ちする
「何今さら、おばあちゃん子ぶってんなよ」
気が付いたら目から涙がこぼれていた。何故だろう、私はおばあちゃんが死ぬのが悲しくて泣いているんだろうか。そうじゃない気がする、母と弟に責められたのが悔しいのだろうか、いやそれも違う気がする。私は、私はただ・・・
「夏子さん、ゆうくん、怒らないであげて。えりちゃんの言う通りだね。おばあちゃんに聞こえているかもしれないしね。気遣いが足りなかったわ。えりちゃんは相変わらず優しい子ね。おばあちゃんのことを考えてくれたものね。」
おばさんは手を叩いて言う。
「さあ、今日はそろそろ帰りましょうか。みんな疲れたでしょう。」

帰りの車では私は一言もしゃべらなかった。母も弟も、無言だったが車を運転する父だけが、ぽつりぽつりと、静かにしゃべっていた。
「親父が死んだときもこうだったな。思ったよりもあっという間にいろいろ過ぎてくんだよ。悲しいといって嘆いてる間もなく。だったら取り乱したり慌てたり喧嘩したりせずに、落ち着いてた方がいいのかもな」

その日寝る前に弟に一言だけ声をかけた。
「私、確かにおばあちゃん子じゃなかった。お正月とお盆におばあちゃんち行ってお年玉貰ってただけだわ。あんなこと言える立場じゃなかったわ」
弟は若干気まずそうな顔はしたが
「いや、でも俺もちょっと同じこと思ってたし。じゃ、お休み」
そういって自分の部屋に入っていった。

2日後の16:34、おばあちゃんは静かに眠るように息を引き取ったそうだ。私は母からの電話でそれを知り、部活の顧問に事情を話し、吹奏楽部の部員たちにも見送られ、その足で病院に向かった。
私と弟は学校を忌引きで休み、制服を着てなんだか割らないままにお通夜とか葬儀とかの1連の儀式をこなした。高校生と中学生の私たちは大して役には立たないだろうと思ってはいたのだが、香典返しを運んだり受付の設営をしたり、知ってる親戚知らない親戚、いろんな人に挨拶をしたりお茶を出したりとなんだかいろいろと忙しかった。

後でおばさんおじさん、いとこたち、うちの家族と話したときに分かったのだが、おばあちゃんが意識のある時に最後に話したのは私で、お茶を飲んだ後の「ありがと」が最後の言葉となったようだ。最後の言葉らしい何かを残すこともなく、お茶を飲んで、いつものようにお礼を言った。それが、最後。

いろんな儀式が終わった後におばあちゃんは骨になって、一抱えぐらいの容器に入れられた。

お葬式でお坊さんのお経を聞いている時は暇だったので頭の中でおばあちゃんとの思い出を振り返っていた。私の初めての運動会を見に来てくれて、なぜか張り切って、お稲荷さんをたくさん作ってきてくれたこと、私はお稲荷さんは初めてだったのであまり食べられず母の作ったおにぎりとタコウインナーばかり食べていたこと。裏の山でどんぐりを拾ったけど、数日後に虫がたくさん湧いてしまって怖くて泣いたこと、そのドングリをおばあちゃんが捨てていたこと、そんなことを思い出していた。もっと今思い出すのにふさわしいエピソードないのかよ、と思ったけど、なぜか自然と涙はこぼれていた。おばあちゃん子ではなく、むしろ会うたびにちょっと緊張していた。だけど、今まで忘れていたような、ちょっとした、ちいさな思い出の積み重ねがたくさん溢れるのだ。おばあちゃんのお葬式に来てくれた人たちはみんな、口々におばあちゃんの思い出を話してくれた。血がつながっている私たちも知らないおばあちゃんが、そこにはいたのだ。

3日間休んだ後、わたしたちは普通通りに学校に通い始めた。もう、おばあちゃんちにいっても会えないんだ、そう実感できたのも、そんな日常に戻ってからようやくだ。

もっと人間が死ぬときってドラマチックで、みんなで泣いたり、悲しみにくれたりするものだろうと思っていたけど、実際は少し違った。TVで見たのと違うけど多分、こっちのほうが本当でいろんなところで起こっている「人の最後」なのだろう。

いとこのお姉ちゃんは「おばあちゃん、85歳だし、大往生だよね」と言っていた。確かに、時々ばあちゃんは「もうばあちゃんは十分生きた。いつお迎えが来てもいいな」と言っていた。そんな縁起でもない、と思っていたけど、でもそう思えるぐらいまで生きられたなら幸せの部類に入るのかもしれない。

これが、私の目から見たおばあちゃんの死だ。知っている人が亡くなったという経験が初めてだったので。ほかの人のことは分からない。でも父に言わせると「お前のひいおばあちゃんも、ひいおじいちゃんも、ちゃんと長生きして、だいたいこんな感じだったよ」と言われだのでそういうことなのかもしれない。
おばあちゃんの遺志を継ぐとかそう言う大それたことじゃないけど、私も長生きしたい、幸せに生きたい、できるなら最後誰かに「ありがとう」と言ったり思ったりして終わりたい、そう思う。


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