KOUICHI YOSHIOKAさん

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夜星

18/06/28 コンテスト(テーマ):第1回 時空モノガタリ短編文学賞 コメント:0件 KOUICHI YOSHIOKA 閲覧数:281

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 結婚をしたその年に病気で夫を亡くした私には、小学三年生になったばかりの俊太くんがひとり残りました。俊太くんは私の実の子供ではなく、亡くなった夫の連れ子です。
 夫が亡くなれば血の繋がった実の母親が引き取るのが筋かもしれませんが、実の母親は俊太くんを引き取ろうとはしませんでした。頑ななまでに拒否をしたのです。余計なものを背負いたくないのかと思いましたが、どうも顔をみていると無理して本当の気持ちを抑えているような感じでした。
 後になんとなく実の母親の事情や考えがわかってくるのですが、このときの私には実の母親が子供を引き取らないことが理解できませんでした。
 私は俊太くんをこの手で育てたいと思っていたので、実の母親の気持ちが変わらないうちに引き取ることにしました。実の母親は私が引き取ってくれたことに安堵しているようでした。
 私は、夫との短い結婚生活をただの思い出にしたくなかったのです。俊太くんと暮らし続けることで出来上がった家族というものまで失いたくなかったのです。
 施設で育てられた私には家族というものに憧れがありました。いえ、憧れという甘い言葉ではなく、渇望と言ったほうが正しいのかもしれません。
 夫は亡くなりましたが、夫と築いた家庭はなくなりません。けしてなくしたくはなかったのです。たとえそれをエゴと言われようとも、それが私の紛れもない本心だったのです。
 なにも知らない人たちから、実の母親から強引に奪ったと後ろ指をさされたとしても、私はそれに甘んじるつもりでした。
 ためしに俊太くんの意思を聞くと「どっちでもいい」というだけで、実の母親がよいのか私がよいのかはっきり言うことはありませんでした。
 子供に母親を選ばせることがどんなに酷なことなのかわからないわけではありません。それでも自分の意思で私を選んでほしいと思ったのは、私のなかに悪露のような不安が隠れていたからにちがいありません。
「まだ若いんだから子供なんて引きとらないで、新しい出会いでも探したら」
 子供のいない古くからの親友は私の行動が理解できないようで、しきりに身軽になるよう説得してきました。
「子育ては金も時間もかかるんだよ。施設で預かってやってもいいから」
 私を育ててくれた施設の園長はやさしい口調で言ってくれました。心配しているのがとてもありがたかったです。
 幸い私は薬剤師の資格を持っていたので、どうにか俊太くんを養うだけの生活はできました。わずかながら夫が残してくれた蓄えもありました。ただ私になかったのは夫の姿だけだったのです。
 川の字に並んで寝ていたのも今は線が一本消えて、平仮名のりの字になってしまいました。ずいぶんと部屋がひろく感じられるものです。
「さみしいね」
 私が弱音を吐いてしまうと、俊太くんはきまって「さみしくなんかない」と答えました。
 強がりを言っていることくらいわかります。強がりを言わなければならないのは私のほうなのに、いつも俊太くんに助けられてしまいます。

 夫に病気がみつかったのは結婚して半年たったときでした。見つかったときはすでに手遅れで医者からは余命三ヶ月と告げられました。三ヶ月なんてあっという間です。現実を受け止める間なんてありませんでした。神様は容赦なく夫の命を奪っていきました。
 享年三十五歳、あまりにも早い。人生の折り返し地点にもたっていないというのに私と俊太くんを残して逝ってしまったのです。
「ありがとう」
 それが末期の言葉でした。強く握ることもできない夫の手を、私が強く握りしめたのを今も思い出します。
「俊太くんのことは私が面倒をみるから心配しないで」
 うなずくこともできない夫は代わりに瞬きをしてくれました。私のとなりで俊太くんは肩をふるわせて声もあげずに泣いていました。
 皮肉なことに雨上がりの空に明るい星がひとつ輝いていました。夫は星になったと思えるほどの余裕はありませんでした。私は涙のなかに星の明かりを閉じ込めて瞼を閉じました。星の光が目の奥でいつまでも残り火のように残っていました。

 夫がいなくなってからずいぶん俊太くんを可愛がってきたつもりです。母親として愛情を注ぎ、立派な大人になれるよう時には厳しく接してもきました。
 俊太くんはぐれることもなく、まっすぐに育ってくれています。私のこともお母さんと呼んでくれています。寂しさを外に表すこともなく、いつも元気でいてくれています。きっと私に心配をかけないようとしてくれているのでしょう。
 もっと子供らしく、寂しいときは寂しいように、悲しいときは悲しいようにしてくれたらと思うのですが、俊太くんは私に甘えてくることもなく、いつも大人のようにしっかりとしていました。

 あるとき、俊太くんは家に帰ってきませんでした。学校が終わり、学童クラブが終わっても家には帰らなかったのです。
 いつもなら私の仕事帰りの時間と俊太くんの帰宅時間は同じでした。友達のところにでも寄っているのかもしれないと思い、家で帰りを待っていましたが、夜の七時になっても帰ってこなかったため、私は知っている俊太くんの友達の家へ電話をかけまくりました。どの友達の家に電話をしても知らないと言われるだけでした。
 俊太くんは誰にも言わずどこにいってしまったのでしょうか。最後に思いつくところは一つしかありません。
 電話をかけても恍けられるかもしれないと思った私は、直接出かけていったのです。隣町にある古いアパートの二階にあるあの人の部屋まで行きました。ドアをノックすると、待っていたかのようにドアは開きました。
 やはりここに俊太くんはいました。部屋にあがりこむとテレビをみながら夕ご飯を食べていたではないですか。
「俊太」
 私はこのときはじめて俊太くんを呼び捨てにしてしまいました。怒りというか、悲しみというか、裏切られたというか、そんなすべての気持ちが混ぜこぜになってしまったようでした。
「ごめんなさい。お母さん」
 素直に謝る俊太くんを前に私は怒鳴ってしまった後悔で押し潰されそうでした。膝をついた私は知らないうちに涙を流していたようです。
「私が仕事へ出かけようとドアをあけたら、この子が部屋のまえに立っていたんです。ご飯を食べたら送っていくつもりでいたんです。先に連絡をすればよかったんですけど」
 実の母親は申し訳なさそうに言うと頭をさげました。
「あなたが学校から無理やり連れてきたのではないのですか」
 驚いたように実の母親は首をふりました。
「お母さんちがうよ。ぼくが勝手にママの家にきたんだよ」
 俊太くんは実の母親を守るように言いました。俊太くんの意思でここにきたのではない、そう思いたかった心が私から冷静さを奪ったのです。
「ねえ、俊太くん。お母さんは本当のことを言ってほしいの」
 俊太くんは私が聞きたいことを予想できるようでした。「うん」と、頷くと箸と茶わんをテーブルに置いて向き直りました。
「無理してお母さんと暮らしてくれているんじゃないの。やっぱり本当はこちらのお母さんと暮らしたいんじゃないの」
 俊太くんは考え込むように黙ってしまいました。言葉がうまく纏まらないのでしょう。
 実の母親はお茶をだすと私に勧めてくれました。今日は夜の仕事を休んだと言いました。俊太くんが突然訪ねてきてくれたのが嬉しくて仕事を休んだのでしょう。
「俊はあなたのことをとても慕っているんですよ。どうか怒らないでやってくださいね」
「やっぱりそちらだって俊太くんと一緒に暮らしたいって思っているんでしょう」
「それはお腹を痛めて生んだ我が子ですから。可愛くないわけはありません。……でも」
 でも、と言いかけて実の母親は口をつぐみました。いまの私には「でも」の続きがわかりました。収入が安定せず、夜の仕事をしている母親と暮らすことは俊太くんにとってけして良い環境とはいえない、ということを母親自身理解していたのです。
 具体的に夜の仕事が何か私は知りません。聞こうともしませんでしたし、実の母親も言おうとはしませんでした。ただ酒の匂いと煙草の臭いが染みついた部屋と、首筋からのぞく百合の花の刺青がこの母親の生活を物語っているようでした。
 夫とどこで知り合い、なぜ結婚し、なぜ離婚したのか。私はまったく知りません。知ることが怖くて聞けなかったからです。想像すればするほど、夫の存在を汚してしまうようで辛かったのです。
 考え込んでいた俊太くんは顔をまっすぐにあげて私と実の母親をみると言いました。
「ぼくはお母さんもママも両方好きだよ。だからどっちかなんて選べないよ。本当は三人で暮らせたらいいなって思ってる。でも、それは無理なんでしょう」
 三人で暮らしたい。そういう俊太くんに返せる言葉はありませんでした。なぜ無理なのか、それを理屈で説明することはできます。でもそれは俊太くんが聞きたい答えではないことくらいわかっています。
 食事の後片付けを済ませると、私は俊太くんの手を引いて部屋をでました。実の母親はアパートの外まで出て私たちを見送ってくれました。
「体に気をつけるのよ」とは言いましたが「またおいで」とは言いませんでした。
 俊太くんも「またくる」とは言いません。子供なりになにかを感じているのでしょう。
 私の手をつよく握ってくる俊太くんの手を私もつよく握り返し、夜の道をわが家まで歩いて帰りました。
 夜空には星がひとつ輝いています。ちいさく儚い光にしかすぎませんが、とてもあたたかい光りでした。星になった夫が空から私たちを見守っていてくれているように思えてなりませんでした。夜の道は暗くても、夜の空にあかるい星は確かに輝いていました。


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