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蒼樹里緒さん

https://note.mu/aorio まったり創作活動中です。 コメント・評価等、本当にありがとうございます。個別返信は差し控えますが、とても励みになります。

性別 女性
将来の夢 趣味と実益を兼ねた創作活動をしながら、気ままに生活すること。
座右の銘 備えあれば患いなし/一石二鳥/善は急げ/継続は力なり/思い立ったが吉日

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きみを連れて行くバスを待つ

18/06/28 コンテスト(テーマ):第1回 時空モノガタリ短編文学賞 コメント:0件 蒼樹里緒 閲覧数:403

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 日付が変わりそうな夏の時間。人や車の通りも減った道路を歩くと、なんだか別世界に来たみたいだ。生ぬるいそよ風が、独特な夜の匂いも運んでくる。
 近くのバス停に、ちょうどバスが来ていた。深夜料金は高いけど、変質者に遭ったら嫌だし、歩いて帰りたくはない。わたしは、あわてて走った。
「すみませーん、乗りまーす!」
「はい、前払い四四〇円ね」
「あれ……?」
 財布の中に、小銭やお札が一枚もない。このままじゃ、無賃乗車になってしまう。
 運転士のおじさんが、ふしぎそうに訊いてくる。
「どうかしたかい」
「あ……すみません。お金が足りないので、やっぱり降りま――」
「私が二人分払います」
 振り向けば、あとから乗ってきた女の人が、ICカードで本当に二人分の運賃を払ってくれた。
 わたしより三、四歳は上に見える彼女は、にっこり笑う。
「これでよし。ほら、早く座ろう」
「え、は、はいっ」
 促されるまま、奥の二人席に並んで座った。お姉さんが窓側、わたしが通路側。
 ――ヤバい、見ず知らずの人に払ってもらっちゃった……! それに、美人……実は女優さんとか?
 どきどきしながら、わたしは謝った。
「あの、ほんとにすみませんでした。わたし、バイト先の飲み会帰りなんですけど、財布に会費ギリギリのお金しか入れてなかったみたいで……」
「そうだったんだぁ。お金のことは、気にしなくていいよ」
「そんなっ、ちゃんとお返ししたいです! 初対面なのにご迷惑をおかけしてしまって、申し訳ないですし……!」
「ううん、ほんとにいいんだよ」
 お姉さんは、にこにこ笑顔のままでさらっと答える。
「きみは真面目そうだし、きっとバイトもがんばってるんだろうから。浮いたお金で、好きなもの買ったり、おいしいもの食べたりしてよ」
 胸が詰まった。
 なんて優しい人なんだろう。わたしは、初対面の人にこんなことはできない。自分のことだけで、いっぱいいっぱいだし。
 お姉さんの視線が、わたしの手に向けられた。
「きみの手、随分荒れてるね。ちゃんとお手入れしてる? 顔色も悪いし」
「あ……」
 やんわりと手を握られて、またどきっとしてしまう。この人、指もきれいだ。
「飲み会で食べすぎちゃった? それとも、悩み事があるの?」
 心配そうに訊かれると、わたしの心はくらっとかたむく。
 ――この人になら、話してもいいかな……。
 勇気を振り絞って打ち明けた。誰にも言えなかった悩みを。
「実は、死にたくて……」
「そうなの? どうして?」
「田舎から東京の大学に入って、バイトも始めて、そこそこ楽しく暮らせるかなって思ってたんですけど。昔から親には一回もほめられたことがないし、バイトじゃ怒られてばっかりだし、勉強も苦手だし、将来の夢もないし、友達も全然できなくて……。いっそ消えたい、遠くに行きたいって考えちゃうんです」
 静かに聴いてくれたお姉さんの口から、急にとんでもない言葉が飛び出した。

「それなら――きみの残りの寿命を、誰かにあげてみない?」

 聞き間違いか、悪い冗談かと思った。
「寿命を、あげる? 今、そう言ったんですか?」
「うん。私、『献命サービス』って仕事をしてるんだ」
 どういうことだろう。
 ――ヤバい宗教じゃないよね……? 聞くだけ聞いてみようかな。
 さっきまでとはべつの意味で緊張しながら、わたしは質問した。
「ケンメイって、なんですか?」
「ほら、献血ってあるでしょ。その血を命にして、『献命』。文字通り、寿命を誰かに提供するサービスなんだ」
「なるほど。でも、ほんとにそんなことができるんですか?」
「まあ、疑うのも無理ないよね。このバスも献血車みたいなもので、『献命車』っていうんだよ」
 窓の外をふと見ると、いつもと全然違う景色になっていた。蛍みたいな光の玉が、暗闇の中にたくさんふわふわと浮かんでいる。
「献命車はね、心の底から死を望んでる人の目にしか見えないし、乗れないんだよ。きみが乗れたのも、それが理由だし。私は案内人、添乗員みたいなものだと思ってね」
「は、はあ……」
 確かに、わたし以外にお客さんはいない。
 ――山奥とか倉庫街とかに連れていかれて、臓器を売り飛ばされたりしないよね……?
 だんだん不安になってくる。
 お姉さんは、苦笑いして話を続けた。
「もちろん、命の提供者の合意がなければ、私たちは何もしないよ。きみが嫌なら、このまま元の街に帰してあげるけど。どうしたい?」
「……あの、たとえば、わたしがあげた寿命は、どんな人に提供されるんですか?」
「そうだね、いろんなケースがあるけど、難病の患者さんの寿命を数か月単位で延ばしたり、死にかけた動物の寿命を年単位で延ばしたり。提供者の寿命が何年残ってるかにもよるね」
「そうなんですか。じゃあ、わたしが寿命をあげる人を選ぶことはできますか?」
「そういう大切な人がいるの?」
「人じゃなくて、動物なんですけどね」
 今も同じ場所にいるかもしれないあの子を、わたしは思い浮かべた。
「下宿先のアパートに、よくふらっと来る黒い野良猫がいて。アパートはペット禁止なので飼えないんですけど、その子はすごく人懐っこくて、わたしが出かけたり帰ってきたりするときも、足元にすり寄ってきてくれるんです。その子がわたしの一番の友達かなぁ……なんて思ってます」
「優しい猫ちゃんなんだね。その子の寿命が一か月以内か、大きな病気や怪我でもしてれば、提供対象にはなるんだけど」
 そう言われて思い出す。あの子の独特な歩き方を。
「その子、脚がちょっと悪いみたいで。右の後ろ脚を、引きずるみたいにして歩いてるんです」
「わかった。私もその子について調査や査定をするから、後日改めてきみに提供の意思を聞くってことでいいかな」
「は、はい。よろしく……お願いします」
「ありがと。話が聴けて、ほんとよかった。この国じゃ安楽死も認められてないし、自殺しようにも何かと面倒だもんね」
「そう、ですね」
 お姉さんは真剣に話してくれたし、悪質な詐欺じゃないと思いたい。
 ――わたしには、自力で死ぬ勇気も覚悟もない。だから、今日この人と知り合えてよかったのかも。
 なるべく楽にこの世からいなくなれるのなら、そのほうがきっといい。
 バッグから出した紙切れに、お姉さんはボールペンで何かを書いていく。
「はい。この日時に、バス停までまた来て。アパートの最寄りのとこでだいじょうぶだよ」
「わかりました。なにからなにまで、ほんとにありがとうございます」
「どういたしまして」
 ちょうど、バスは目的地に着いたみたいだった。降車用ドアが開いたのを見て、わたしは席を立ってお姉さんにおじぎをする。
「じゃあ、降ります。ありがとうございました、おやすみなさい」
「おやすみ。またね」
 降りてからも、バスが見えなくなるまでぼんやりと眺めた。
 本当に、アパートの最寄りのバス停に帰ってこられた。あの人からもらったメモ紙も、ちゃんとある。
 夢でも夢じゃなくても、なんだかちょっとだけ得した気分だ。
 アパートへ歩くと、にゃあ、にゃあ、とあの子の鳴き声が近づいてきた。夜と同じ色をした毛並みを、わたしはしゃがんで撫でる。
「今日もお迎えしてくれたんだね。ただいま。――わたしね、きみに寿命を全部あげられることになったんだ。きみの脚の具合も、よくなるといいね」
 街灯の光の下、黒猫は小首をかしげる。なにそれ、なんて言いたそうに。
 ――わたしの分までこの子が元気に生きてくれたら、もうそれでいいや。
 満足した気分で、自分の部屋へ帰った。

  ◆

 そして、数日後の夜。もうすぐ、お姉さんとの約束の時間だ。
 ――あのバス……献命車だっけ。ほんとに、また来てくれるのかな。
 そう疑ってしまうけど、バスのライトが道路の先から見えてハッとした。行き先の電光表示板にも『献命車』って書かれている。
 乗車用ドアが開いて、おじさんがあいさつしてくれた。
「お嬢ちゃん、お待ちどおさん」
 あの日と同じ運転士さんだ。
 会釈して乗ると、奥にお姉さんもちゃんといて。二人席から、にこにこして手を振ってくれた。
「お待たせ。ちゃんと来てくれたね、うれしいな」
「は、はい。こんばんは、お世話になります」
 おじぎをして、わたしはお姉さんの隣に座る。
 彼女は、真剣な表情で訊いてきた。
「……これに乗ったらもう二度と帰れないし、きみと関わりのあった人たちは、きみのことを全部忘れちゃうけど。ほんとに、覚悟はできてる?」
「はい」
 わたしも、真顔でうなずく。
「わたし、未練なんて大して持ってなかったみたいで。今も、なんかスッキリした気分なんです。だから――乗ります。わたしの寿命を、あの子にあげるために」
「……そっか、わかった。詳しい話も、ゆっくりしよう」
「はい、よろしくお願いします!」

 そうして、献命車は走り出した。
 この世界じゃない、どこか遠くへ。
 今まで経験した入学式や卒業式より、ずっといい『旅』ができそうな気分だった。

 あの子が、どうか元気に生きていけますように。

  ◆

 ある日の昼下がり。一組の老夫婦が、ベンチに座ってバスを待っている。
 そのそばに、一匹の猫がトコトコと歩いてきて、甘えるように鳴いた。
「あら、あなた。黒猫ちゃん、また来てるわよ」
「おぉ、本当だ。まるで、誰かを待ってるみたいだな。忠犬ならぬ『忠猫』かな」
「ふふ、かわいいわねぇ」
 二人に撫でられ、猫はごろごろと喉を鳴らす。
 その視線は、バスの到着を待ち望むかのように、道路の先へと向けられていた。


 ―完―


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