W・アーム・スープレックスさん

性別 男性
将来の夢
座右の銘 作者はつねにぶっきらぼう

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2

笹舟

13/01/07 コンテスト(テーマ):【 船 】 コメント:4件 W・アーム・スープレックス 閲覧数:2159

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 だれが、それを作ってくれたのだろう。
 おだやかに流れる水面に、そっと浮かんだ笹舟。
 それを浮かべた人のことは、いまではなにもおもいだすことができなかった。
 ただ、水の上を、ゆるやかに流れゆく笹舟の、水面に明るい緑をおとすその姿だけが鮮やかに思い浮かぶだけだった。
 それから何年もたった。ぼくは人生を歩み続け、いろいろ辛い目や、苦しい日々を体験した。この世の中は、楽しいことや幸せな時は、ほんの一瞬にすぎず、あとには悲しいことや、屈辱にみちたできごとがひしめいていることを味わった。
 けれども、いっさいのできごとは過ぎてゆき、ひとつとしてかわらないものなどなく、ぼく自身そんな転変する人生の大きなうねりのなかを枯葉のように漂い流れていることをいつしか悟るようになっていた。
 そんななかにあって、あの笹舟の思い出だけは、いつまでも色あせることがなかった。
 嫌なことや、惨めなことが、あればあるほど、その笹の緑の色は輝き、笹の葉でできたしなやかな船体が目に鮮明に浮かび上がった。すると、それまでの、重く沈んだ気持ちが、ふしぎと軽くなるのだった。
 そしてぼくはきまって、その笹舟を作ってくれた人の存在を、ある種の温もりとともに感じた。 顔も、姿もおもいだすことはできないが、その人の、暖かなおもいやりにみちた愛情が、笹舟とともによみがえってきた。
 ぼくはよく旅にでた。
 旅でしりあう人々のなかに、もしかしてあのときの、笹舟の作り手がいるのではという期待を胸に、電車に乗り、船にのり、そして飛行機にのった。
 旅の途上で、知り合う人は多かった。心優しい人や、他人思いの人―――だれにとっても厳しいはずの世のなかにあっても、そんなこまやかな心根を忘れない人々がいるものだ。
 が、笹舟の作り手は、残念なことに、そのなかにはいなかった。
 もしもどこかで、あのとき笹舟を小川に浮かべてくれた人とであったなら、ぼくにはみまちがわないだけの自信があった。何十年のあいだ、つねにぼくの心のかたすみを流れつづける笹舟の作者をまえにしたら、かならずぴんとくるものがあるはずだ………
 ぼくは、よく京都に足を運んだ。そしてきょう、竹林のまち嵯峨野にやってきた。
 嵯峨野の旅は、はじめてのはずだった。だが、その自然にみちた古都の風景をまのあたりにしたときふと、まえにもきたような感慨にうたれた。そういえば昔、まだぼくが学校にも通わないころ、わずかな期間だったが家族で京都にすんでいたことを親からきかされたことがあった。そのころのことはまったく記憶になかったが、もしかしたらこの土地で、あの笹舟をみていたということもありえた。
 嵯峨野の奥にふみいるにつれてぼくは、その思いが次第に確信にかわっていくのを感じた。やがてぼくの周囲を、青々とした竹藪が覆いはじめた。
 笹の葉を払いながら進んでゆくと、予感は的中して、ゆるやかに蛇行する小川が出現した。
 あるいはそれが幻影で、こちらのわずかな気持ちの動きで、なにもかもガラスが割れるように木端微塵にくだけちってしまいそうにおもえて、それからのぼくはきわめて用心深く足をふみだすようになっていた。
 いきなりはげしい息遣いがしたかとおもうと、土をふみしめる足音が乱れきこえた。
 みると、竹藪の中に数人の子供たちの姿があった。それはなにかのはじまりではなく、むしろ終局の場面だった。なぜなら、かれらに取り囲まれた中に、目のまわりや額のあたりを赤くはらした子供の姿があり、だれがみてもそれは、他の子供たちにこづかれた痕跡以外のなにものでもなかった。竹藪のなかにおこったいじめの現場に、ぼくは遭遇したらしかった。
 子供らはなおも、すでに抵抗力もなくしている相手に、集団的暴行をくわえようとした。
 ぼくはことさら音をたてながら、かれらにちかづいていった。いつものぼくなら、黙ってはなれていたかもしれない。が、このときにかぎってなぜか、あの気の毒な子供をみすてることができなかった。
 子供たちはぼくの気配に気づくと、目にみえてたじろぎだした。自分たちのしていることにたいする罪悪感が、やはり心のどこかにうずいていたのだろうか。いっせいに逃げ出してゆくかれらのことはほっておいてぼくは、うつむいたまま泣きだしそうになっている彼に目をむけた。彼の上におこったことを、ぼくはとやかくいうつもりはなかった。ただその、痛みにじっとたえている姿にむしょうに共感をおぼえて、頭のうえの笹の葉を、ちぎりとった。
 できあがった笹舟を、小川にうかべ、ゆるゆるとながれだす様子を、彼にみせようとして、声をかけそうになったが、ぼくは結局なにもいわなかった。
 なにもいわなくても彼が、その笹舟を、いつまでも心にとどめていてくれることが、ぼくにはちゃんとわかっていたから。


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このストーリーに関するコメント

13/01/07 草愛やし美

W・アーム・スープレックスさん、拝読しました。

緑の影を落とし小川に流れる笹船の姿を思いながら読み終えました。幼い頃にひとり笹船を作り手水に浮かべたことを思い出しました。人生も流れ過ぎてゆくもの、さらさらと流れていきたいとの想いを笹船に託すことができれば……。

流れるような文に、美しい景色が目に浮かびます、読後感が気持ちいいですね。

13/01/07 W・アーム・スープレックス

草藍さん、コメントありがとうございました。


草藍さんが幼少時に笹船を作って浮かべられた姿が、思い浮かびます。
流れゆくから人は、いつまでも心に残るものを、大切にするのでしょうか。

13/02/08 かめかめ

ええはなしや(´;ω;`)

13/02/09 W・アーム・スープレックス

かめかめさん、コメントありがとうございます。

今年もおたがい、創作に励みましょう。

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