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紫聖羅さん

濾過しても、フィルターを通り抜けられない、そんなものです。 2000文字以内に収めることに苦労します。

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笑われ者

18/06/23 コンテスト(テーマ):第157回 時空モノガタリ文学賞 【 コメディ 】 コメント:0件 紫聖羅 閲覧数:279

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 深夜0時に「夜のサーカス」は開演する。
 チケットをポケットの中でぐしゃぐしゃに丸める。最後部の座席の背後に設置された手すりに両腕を乗せて、舞台を見下ろした。チケットを持っているのだから、もちろん座席はある。しかし、ここで十分だ。肥えた金持ち共の娯楽に潜り込むのは、今日が最初で最後だ。
 開幕と同時に、派手な衣装を身に纏った司会者がステージ中央でお辞儀をする。
「ようこそ夜のサーカスへ! 本日は期待の新入り、コメディ君の登場です!」
 俺は舌打ちをした。名前が気に入らなかった。
 「コメディ」はその日、大いに観客の笑い者となった。あれから数ヶ月経った今でも、彼は下品な笑い声の的となっているらしい。

 ある日の深夜4時。俺は檻の前に立った。
「おい、コメット・マンディアン」
 膝に頭を埋めていた彼が、ゆっくり顔を上げ、光を反射する水色の瞳をこちらに向ける。
「俺はダストだ」
「コメット・マンディアンって、誰?」
「お前のことだよ」
「……僕はコメディって呼ばれてる」
「勝手に略されたんだ。まったくあの司会者め」
 困惑の表情を浮かべるコメットに、俺はナッツやレーズンが乗ったチョコレートを差し出した。それを見た途端、コメットは猫のような素早い動作で身を乗り出す。さすが、半分猫だけある。
「お前の大好物だ。食べなさい」
 コメットの耳がピクピク反応する。俺とチョコレートの間で視線を交差させる。檻の中にずいと手を差し出すと、すかさずチョコをひっつかみ、食べ始める。
「これ、僕、大好き」
「……知っている。だからお前をマンディアンと名付けた」
 そう言うと、再びコメットの耳がピクピク動き、こちらをじっと見つめてきた。
「お前は俺が生み出した。お前に謝りたくて来たんだ」

 あのサーカスの一週間前、俺は司会者にコメットを売った。
「君って可哀想だよねえ。この世界で特殊能力を持ってる奴はそれだけで勝ち組だ。大体の奴がそれで生計を立てられるのに、君の能力は『絶望を生み出すこと』だけなんだから。ここで君は何の役にも立たないよ。その陰気臭い顔を見てると、不幸がうつりそうだ。早く帰ってくれるかな」
 早口で捲し立てる司会者も、その時まだ眠っていたコメットを見るなり口を噤んだ。
 俺は絶望しか作り出せない。コメットは半分猫の人間だ。体のほとんどが猫の体毛で覆われている。耳も足も猫のものだ。顔は人間らしさがあるが、猫の体毛と髭がアンバランスに生えている。そして、なぜか尻にだけ体毛がなく、そこだけ完全に人間のものだ。これは笑い者になる、そう司会者も確信したのだろう。

「俺はお前を売った。お前が苦しい想いをしているのは、俺のせいなんだ。本当に、すまない……」
「ダストさんは、笑わないのですか?」
 気付けばコメットは立ち上がり、檻の鉄格子を両手で掴んでいた。俺は生まれてこの方笑ったことがない。そういう性質で生まれてきた。
「僕はいつも、多くの人に笑われています。みんな僕を指さし、さげずむように笑います。いつも、恥ずかしいです。でも、ダストさんは他の多くの人とは違って見えます。貴方は悪い人には見えません。僕が見世物なら、貴方も僕で、笑ってください」
 水色の瞳を細め、コメットは微笑んだ。
 誰もが絶望するストーリーを作ろうと思っていた。あの日サーカスに行ったのも、こいつが観客たちを陥れてくれないかと期待したからだ。だが俺が生み出せるのは自分にとっての絶望だけだった。そのはずだった。そのはずなのに……。
「ここの扉は開きます」
 コメットがそう言うと、静かに檻の扉がこちら側へ開いた。俺は言葉を失った。
「さあ、行きましょう」
 コメットが俺の手を掴む。
 ここから先は、知らない。行ったことがない。今まで自分の宿命に、自ら寄って行ったのだ。そうでなければならないと思っていた。
 君の中心は俺。そうか、俺は、ダストなんだ。俺でできた希望が、君ー彗星ーだった。

「またやってしまった……」
 書き上げた原稿を読み返し、リビングのテーブルで俺は頭を抱える。
どうしたの、と妻の朗らかな声が頭上から降ってきた。
「誰もが絶望する話を書いてやろうと思ったんだ」
「貴方はいつもそう言って、結局そんな話を書けた試しがないわ」
「キャラクターが勝手に希望の方へ進んでいくんだよ」
「それは愉快ね」
 笑う妻を横目に、ふとテレビを見るとお笑い芸人がネタを披露していた。
「この人たちを見て、今回の作品を思いついたんだ」
「あら、芸人さんを見て絶望の話を書こうだなんて、ひどい人」
 妻はおどけてみせる。
「私この人たち大好きよ。この人たちは人に笑われてるんじゃない。人を笑わせてるのよね。本当、素晴らしいことだわ」
 誰もが絶望する話を書ける日は、まだまだ先のようだ。


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