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とむなおさん

とむなお――です。 ちょっと奇妙な小説を書きます。どうぞ宜しく!

性別 男性
将来の夢 作家
座右の銘 ふしぎ大好き

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1秒間の経験

18/06/23 コンテスト(テーマ):第1回 時空モノガタリ短編文学賞 コメント:0件 とむなお 閲覧数:148

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 足立 宏と森田圭子は、半年前から同棲生活したいと考えていた。
 彼の両親は許してくれた。
 今だに反対しているのは……例によって彼女の親父サンだった。

 その夜も、宏は圭子の実家に訪れていて、一緒に食事していた。
 その時、たまたまテレビでは、プロ野球のジャムアンツ対タンカースという、名物戦をやっていた。
 親父サンは、熱狂的なタンカースのファンだった。
 9回のウラになり、スコアーは1対1の緊迫状態だった。
 タンカースの攻撃だが、ついに2アウトになった。
 しかし、宏の頭はそれどころじゃなかった。
 タンカースの山本監督が指名したのは、新人の中村選手だった。
 そして、ついに2ストライク、3ボールのフルカウントになった。
 画面にチラッと映った山本監督は、イライラと貧乏ゆすりをしている。
 それを見ている圭子の親父サンも、貧乏ゆすりを始めた。
 ちなみに、賛成しているお母さんはというと……意外と平然としていた。
 ついに意を決したピッチャーが投げた……が、これが少々浮いてしまったようで……バッターの中村はジャストバッティングし、ボールは大歓声の中、超特大アーチを描いて、見事――
『ホームラーン! さよならホームランが出ましたー!』
 それを見ていた親父サンも、
「やったー! やったー! やりおったー!」
 その時、すかさず圭子が、
「同棲していいよね!」
「あー、いいよー!」
 うつむいていた宏は、思わず顔を上げた。
 圭子は、両手を上げたポーズで、
「やったー!」
 ――えっ――
 一瞬、その場の空気が止まった。
 親父サンは、苦笑しながらテレビを切った。
 宏と圭子とお母さんは、親父サンに注目した。
 親父サンは、溜め息をつき……
「やられた……。仕方ないな……。わしも男。男に二言はない。お前たちの同棲……許してやる」
 宏は、テーブルに頭をぶつけながら、
「お父さん、ありがとう御座います!」
「足立クン、君はまだ若いが、娘を頼むぞ!」
 ビールをグイーッと飲んだ。
「はい……」
「お父さん……」
 圭子は涙ぐんでいた。
「さー、足立クン、君も飲めー」
 親父サンは笑顔で、宏にビールをすすめた。
「なんか結婚するみたいやね」
 お母さんが笑顔で、ポツンと言った。
「それはまだ早い……」
 親父サンは、またテレビをつけた。が、もう野球中継は終わっていた。

 こうして7月8日、宏と圭子は同棲生活をすることが決まった。
 しかし……実は、もう新居は決まっていた。駅から10分のマンションだった。
 が……
 宏の両親からの条件で、8月1日から正式にスタートすることになっていた。
 圭子の両親も、その条件に賛成だった。
 しかし宏は9日、退社するとその足で、決めていたマンションの契約を済ませた。
 そして圭子と連絡を取り、14日から退社後、そのマンションの部屋の掃除を、少しずつ進めることにした。

 新居の掃除は順調に進み、1週間でとりあえず完了した。
 その後、数日使って、手荷物として運べる物をそれぞれ運んだ。
 家具などの大きな物は、28日に運送業者を利用して運んだ。

 そして迎えた31日の夜……時計は午後11時55分を過ぎようとしていた。
 宏と圭子は、ようやく整理の済んだ新居の中央で、なんとなく室内を見回していた。
 その時、天井から1メートルほどの柱のところに下がっているカレンダーが、宏の目に止まった。
 そのカレンダーは、彼が下げたものだ。
 
 20日、仕事の後で一緒に掃除しようとしていた日、圭子からメールで、
『ごめん。電車一本遅れた。おわびに晩御飯買って行くから、半時間ほど遅れます』
 宏は、ザッと掃除すると、マンションの裏にある山に散歩に出掛けた。そこにあった古そうなお地蔵さんの腕に、この
カレンダーが、丸めた状態で置いてあったのだ。
 中を見てみると、結構いい感じだったので頂いてしまったのだ。
 新居のマンションに戻ると、圭子が来ていた。
 宏の手にあるカレンダーを怪訝(けげん)そうに見てるので、
「散歩してたら売ってたから、買っちゃった……」
 と、ごまかし、あの場所に下げたのだった。

「あと数分で8月だから、もう破り取ってしまおう」
 宏は立ち上がると、圭子の近くにあるアナログ時計に目をやり、7月のページ下の角を持って、
「その時計の秒針が59秒になったら、破るからね」
「了解」
 しかし、秒針が59秒に移った瞬間、急に周りが真っ暗になり、彼は気絶した。

「もしもし? 大丈夫ですか?」
 誰か男の声に、目を開けた。
 宏はその時、夜の路上に倒れていたのだった。
「大丈夫ですか?」
 それは、サラリーマン風の若い男性だった。宏は立ち上がり、
「すいません……。大丈夫です」
「そうですか……。じゃ、僕はこれで……」
「どうも……」
 男性は、立ち去って行った。
 そこは、新居のマンションの近所ではなかった。
「ここは……あれ……?」
 宏には、なんとなく見覚えがあった。
 そこは、先日まで圭子が住んでいたマンションの近くで、ななめ向かいにそのマンションがある。
 宏はハッとして、さっき起こしてくれた男性を追いかけた。
 その男性は、少し離れたマンションに入っていった。宏は追いつくと、
「さっきは、ありがとう御座いました」
「えっ、あー、はい」
「ちょっとバカなことを訊(き)きますが……」
「はい?」
「今日は何月何日ですか?」
「えっ? 6月10日ですけど……。本当に大丈夫ですか?」
 宏は彼に礼を言ってから、圭子の住んでいたマンションに戻っていった。
 それは、静岡に住む友人の見舞いに行った日だった。
 つまり当時の宏が、ここにいる訳がなかった。
「これは、どういう事なんだ……?」
 圭子のマンションの前までやってきた。その窓には、まだ灯りがついていた。
「まだ起きてるのか……。って、いま何時だろう……?」
 腕を見ると、腕時計はなかった。
「新居のマンションのテーブルに、スマホと一緒に置いたんだ……」
 しばらくその窓を見ていると、やがて彼女の影と男のような影が現れた。
「あれ? 圭子は独り暮らしのはずだけど……?」
 宏はどうしても気になって、ソーッと彼女の部屋の前まで階段で行った。そしてキッチンの窓を少し開けた。
 そこは、彼女が出掛ける際にカギを隠しておくので、宏は知っていたのだ。
 すると、やはり男女の会話がヒソヒソと聞こえてきた。
「おい圭子、こんな事して、いいのか?」
 宏は、ドキドキしながら少し開けた窓を覗いた。キッチンやリビングは暗かったが、ベッドルームから灯りがもれている。
「いいのよコージ……。彼は静岡に行ってるし……」
「悪女だな……」
「あらっ。ダサい下着ねー」
「なんだとー!」
 宏は、ソーッと窓を閉めた。それは間違いなく圭子だ。
(彼女は僕が静岡に行ってる間に浮気をしてたのか……。しかしコージって誰だ? いや、そんな事はどうでもいい……)
 トボトボと宏が、そのマンションから出てくると、やがて一人の男が後から出てきて、
「バカにしやがって……」
 圭子の部屋を一瞥(いちべつ)すると、去って行った。
「今の男がコージだったのか……。しかし、それでどうなるんだ……? 12日には、もう1人の僕が帰ってくる。そしたら、今夜の事を教えてやれ――とでも言うのか……?」
 まもなく宏はガツン! と電柱にぶつかって目の前が真っ暗になり、気絶してしまった。

 真っ暗な空間に……だんだんと映像が現れてきた。
 それは……新居のマンションの、あの部屋だった。
「ちょっと宏、何やってるの? もー、変な人……」
 圭子は、不思議そうに宏を見詰めていた。
 宏は、圭子の近くのアナログ時計を見詰めていた。
 時計の秒針は「12」を指したところだった。
「何してるの? さっさと、そのページを取っちゃえば?」
 宏は、ハッとして持っていた7月のページを破り取った。
 すると圭子が、座りなおして正座してから会釈し、
「これからの同棲生活……どうぞ宜しくお願いします」
 宏も、あわてて正座し、
「こちらこそ、どうぞ宜しくお願いします……」
 そして二人は笑い合った。
(あの1秒間に体験した奇妙な出来事を持ち出して、圭子を攻める……? そんな事はしない)

 なぜなら、宏もあの頃、静岡で浮気していたからだ。
 悪友の見舞いに訪れた病院で、たまたま悪友の彼女の洋子と出くわした。
 悪友の病状が軽かったせいもあり、宏と洋子はバーで飲んだ後、彼が予約していたホテルで関係を持ってしまったのだった。
 その後、宏はその事が頭にあって、心の中で圭子に謝りつづけてきた。が、彼女も浮気していたと知り、ホッとしているのだった。
(誰にだって、一つや二つの「秘密」はあるだろう……)
 
 翌日、宏は、駅前のホームセンターで普通のカレンダーを買ってきた。
 そして例のカレンダーを外すと、そのカレンダーを下げなおした。
 また、変な体験をする可能性があったからだ。
 しかし、それを見て圭子は、
「あれ、さっきのカレンダーでいいのに……。どうして?」
「あんな事があったから……。ちょっと気になって……」
「あんな事って?」
「えっ。あー……そう……ほら、昨日、圭子、地下鉄に乗り遅れたからさ……」
「えー! あんな事、しょっちゅうじゃない」
 と爆笑した。宏は苦笑するしかなかった。
 
 時は進み……哀愁の季節が近付いてきた。
 この部屋から見える公園で、また色とりどりの花と合えるに違いない。


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