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秋 ひのこさん

歯について考える時、右と左がよくわからなくなります。右奥だっけ、左奥だっけ。虫歯が絶対にあると思われるあの場所を伝えるべく「ええと、右です。そして上な気がします」と言ったら先生が「うん、上は上でも左ですよね」とか言う瞬間が恥ずかしいので、虫歯は放置しているような人間です。こんにちは。 

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母の通夜のそのまた夜のお話

18/06/23 コンテスト(テーマ):第157回 時空モノガタリ文学賞 【 コメディ 】 コメント:0件 秋 ひのこ 閲覧数:181

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 母が六十を前に死んでしまった。
 通夜の席で父が言った。
「そういえば母さんな、死ぬ時は朝日を浴びながら静かな海辺で薔薇に囲まれて死にたいって言ってたんだった」

 もう死んでしまったが、せめて最後に夢を叶えてやりたい。
 
 そんなわけでサトミは今、大学生の妹コノミと父、祖母に加え、母の遺体と車椅子をのせ、小さな愛車にぎゅうぎゅう詰めで海に向かって夜道を走行中である。

 とりあえず、薔薇がいる。
 後部座席で父と母の遺体に挟まれて座る祖母が大声で主張した。
「タバタの奥さんが薔薇園作ってるよ。あの人いっつも自慢ばっかりして。あそこ寄ってもらってこよう」
 夜の11時にタバタさんの門を叩く。
 あたしに任せて、と息巻く祖母が、タバタの奥さんと何やら玄関先で揉めている。
「なんで薔薇なんだろうね。お母さん、そんな薔薇好きだっけ?」
 サトミが水を向けると、助手席で携帯をいじるコノミが応じた。
「病院で退屈だって言うから、ベルばら全巻あげたの」
 軒先でぎゃんぎゃんやっていた祖母が大量の薔薇を抱えて戻ってきた。
「いいの? なんでそんなにたくさんくれたの?」
「おばあちゃん、町内全員の弱み握ってるからなー」
 コノミが言うと、祖母はムフ、と笑った。
 
「海だー」
 砂浜で思い切り伸びをする。
 午前4時。潮風は思いのほか冷たく強く、頬が痛い。
 ちょっとコラ、お前も手伝え。背後で父の声がする。ぱっと振り返ると、懐中電灯の明かりをまともにあびた母の土気色の顔が目に入った。
「ぎゃっ」
「母さんに向かってギャッ、はないだろう。早く手伝え」
 父とコノミが母を乗せた車椅子を押し進めようと砂の上で難儀している。
「これって犯罪? 死体遺棄とか」
 ほとんど車椅子を抱えて持ち上げながら、ふと心配になりサトミは聞いた。
「なわけないじゃん。遺棄しないし。持って帰るし」
「死体損壊罪とかなかったっけ」
「損壊しないし。むしろ歩かせもせず、こんなに丁寧に扱ってるし」
 言いながら、コノミはせいやっと腹から男前な声を出す。

「素晴らしい」
 徐々に淡くなってきた空を仰ぎ、父が感嘆の声を上げた。
 波打ち際の少し手前で母は今、眠るように座っている。いや、死んだように座っている。厳密にいうと、座っているが死んでいる。その後ろで、ガタガタと震えるサトミたち。
「なんか雨降ってきてない?」
「寒い。寒過ぎる。とりあえず薔薇、撒こう」
 祖母がもらってきた薔薇は立派な枝つきで、コノミとふたりで考え込む。
「これをそのまま飾ると、オスカルっていうかグリム童話の『いばら姫』の方を連想させるよね」
「花びらを撒けばいいの? それともこの何ていうの、房? 花丸ごと? を置けばいいの?」
 お父さん、どっち? と尋ねる。
「お父さんがわかるわけないだろう!」
 何故か怒り出す父の傍らで、祖母がアチィと声を上げた。見ると、砂に線香を立て、海風を身体で遮り必死でマッチに火をつけようとしている。
「えっ、おばあちゃん、線香も持ってきたの?」
「墓参りじゃないんだから……」
 呆れつつ、コノミが手で薔薇の頭の部分をむしりハッと目を見開く。
「何これ。微妙に背徳感を覚えるんだけど。生けるモノの首を刈るような」
 表現はさておき、サトミも思わず同意する。花弁をむしると、確かに誰かの身体を引き裂くような気になる。
 次第に、手元がよく見えるようになってきた。夜明けは近い。すると、祖母が「あっ」と声を上げた。
「これ虫食いだらけじゃないの! 色も汚いし。タバタの奥さんやってくれたね」
 ぶつぶつ言う祖母をよそに、いそいそと花を撒く。母の膝に、肩に、腕に。
 父が花びらの一枚を母の唇に押し込み、「梶浦……!」とつぶやいた。意味がわからない。

 ところで、曇り、だった。
 空は確かに白く塗り替えられていくが、朝日は分厚い雲の向こうだ。霧雨が吹き荒れ、波はうなりを上げて砂浜に打ち上げる。海から吹き上げてくる強風で薔薇は瞬く間にどこかへ散ってしまった。

 死ぬ時は朝日を浴びながら静かな海辺で薔薇に囲まれて。

「だいぶ、違うね」
 サトミが言うと、コノミが携帯をいじりながら返す。
「まあ、日本海だし、冬だし、そもそも設定に無理が。記念写真撮るでもなし、本人は死んでるし、誰得かっていう疑問は残るよね」
 一方、父は「素晴らしい」と母の肩に手を置き、いつまでも海を見つめている。その眼鏡には、ワイパーが必要なほど無数の水滴がついていた。
「寒い。凍えちゃう。早く車戻ろうよ」
「急いで! お葬式10時からでしょ。業者の人来ちゃうよ」

 これが、サトミの母の通夜のそのまた夜のお話。
 葬式は葬式で色々あったが(例えば、祖母がタバタの奥さんの秘密を弔問客に暴露したり)、それはまた別のお話。


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