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待井小雨さん

待井久仁子というペンネームで「小説&まんが投稿屋」というサイトで、童話やホラーやよくわからない物語を投稿しています。 ご興味を持っていただけたら、よろしくお願い致します。

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悲劇と喜劇のシーソーゲーム

18/06/23 コンテスト(テーマ):第157回 時空モノガタリ文学賞 【 コメディ 】 コメント:2件 待井小雨 閲覧数:317

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『人生が幸せなものかどうかは、それまでに笑った回数で決まるわ』
 妻のイヴがそう言うので、僕は彼女を笑わせる為に色々なことをした。
 何でもない日に花を贈るのは当たり前で、時には大道芸人を連れて帰宅したり自分がピエロになって玉乗りをすることもあった。「怪我をするわ!」と慌てる妻に「大丈夫さ」と笑ってみせて、それで玉から転げ落ちてしまった時の彼女の叫び声は今でも忘れられない。
「ふふふ、演技さ」
 ぺろりと舌を出す僕の頬は平手ではなく拳で殴られたものだった。イヴの細腕から繰り出されたとは思えない程の威力だった。その後大きく頬を腫らした僕は、あれはやり過ぎだったかなと反省をしたものだ。すごく痛かった。
 僕が彼女を笑わせたかったのは本心からのことで、けれどそれは僕の本来の役割からすれば決して褒められたことではない。
 僕の役割――とある国の諜報員――と肩書を言葉にするとひどく陳腐だが、実際にその存在があるのだからそう表現するしかない。
 イヴにはジョージと呼ばせていた。当然偽名だけれど。
 目立つことはせず、しかし埋もれ過ぎず。強い印象を与えずに過ごしつつ情報を手にすることが僕の役割。その為にどこにでもいる娘とありふれた結婚をし、ごく普通の幸せを演出することが必要だった。
 だから本当は、僕のような人間は妻となった人に恋をして、その人を喜ばせる為に苦心したり目立ったりなどしてはいけないはずだった。

「こんなんじゃ失格だな」
 深夜に花の一輪を手に呟く。今夜を最後と決めていた。
 イヴの笑顔が好きだった。初めはただ「ジョージ」の結婚相手としてこの女が相当だろうと婚姻しただけだった。けれど日々を過ごしいていく内に「ジョージ」はすっかり彼女に首ったけになっていた。
「いや、ジョージではなく『僕』がそうなってしまったのかな」
 妻は弾けるように笑った。手品を披露すれば手を叩いて喜んだし、好きな作家の本を買って帰れば僕を抱きしめた。
 ジョージが死んだら彼女は悲しむだろうか。花一輪を贈って亡くなる夫を「ロマンチストだわ」と言うだろうか
 彼女の寝室を伺う。ジョージは出張先で亡くなることになっている。彼女の寝室には夫からの花があるけれど、どこで買ったのかも家にいなかったはずの夫がどうやって贈ったのかも謎のまま。そして「ジョージ」を脱ぎ捨てた僕は本国へ帰還する。
 シナリオを浮かべて部屋に入る。――と、
「ロマンチストだわ」
 手に持っていた花が抜き取られ、月明かりの中に妻が立っていた。
「イヴ」
妻は「良い香り」と花に顔を寄せた。
「けれどこんな花一輪で夫を失ったりはしたくないの。簡単には失くせない」
 イヴは夫が大好きなのだもの、と笑う。
「あなたはとても不器用な人ね。何でも出来るのに、本来の仕事をするのには全然向いてない」
「気付いていたのか」
 どう対処すべきか考えながら問う。対するイヴは、何でもないことのように答えた。
「気付いていたわ。同業ですもの」
 え――と動揺が表面に現れてしまった。……あぁ、僕は心を隠す術をいつ忘れてしまったのだろう。
「最初は優秀だったのに」
 イヴ(これも偽名なのだろう)は仕方のない人、と僕に両手を伸べる。離れるべきなのに、いつの間にかその腕に抱きしめられていた。
「むしろ優秀だった初めの頃に気付いたわ。本物の感情が無くて、笑っていても悲しんでいても嘘だった。だから私もあなたを利用して『イヴ』の人生を創ろうとした。――だけど、私もきっと向いていなかったのね」
 僕を撫でる優しい手のひら。
「ずうっと昔の、本当の私があなたのせいで出てきてしまった」
 夜は短く、すぐに終わりの時が来る。役目を果たせぬ人間を、あの国はどう処分するだろう。
 イヴが真摯な瞳を僕に向けた。
「……一緒に行きましょう?」
 その瞳は何も隠せず真実の願いだけが宿っていた。無意識に頷いてから、自分が頷いたということに一拍遅れて気が付いた。気持ちの方が先に動いたという事実に心が定まり、もう一度頷く。
殺してきた感情も真実も、僕らはもう解放して生きよう。
 新しい地に馴染む術には長けている。僕も彼女も、そう自らを仕込んで生きてきた。どんな地の言葉も使いこなそう。時折不器用になって人を頼り、その土地の人たちと交流を持って生きていこう。
 僕らに追手は差し向けられるのか、それとも些事であると黙殺されるのか。
 この選択が悲劇を生むのか喜劇となるのか、今はまだ分からない。けれど、いつだって笑っておけばその分良い人生に繋がるはずだ。
「二人で笑って生きましょうね」
 喜劇を身近に引き寄せようと僕も声に出して笑う。――が、
「声が大きい!」
 と叱られて平手を喰らった。
 ……妻の尻に敷かれるのは果たして悲劇なのか喜劇なのか、僕はしばらく思案した。


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このストーリーに関するコメント

18/08/07 光石七

拝読しました。
十数年前のブラッド・ピットとアンジェリーナ・ジョリーの映画を思い出しました。
アクション無しで本当の自分、本当の夫婦になれた二人は素敵だと思います。この二人ならきっと大丈夫ですね。
ラストに思わずクスリとしました。でも、これも幸せですよね(笑)
素敵なお話をありがとうございます!

18/08/09 待井小雨

光石七 様

お読みいただきありがとうございます。
全然諜報活動をしていないので説得力にかけるよなぁ〜、と書きながら思いました(^^;
ただの幸せなラストにするのではなく、テーマに則してコメディ感を出してみました。
その映画見たことないので、今度見てみようと思いますー(^^)

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