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いっきさん

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ラプラスの小説家

18/06/18 コンテスト(テーマ):第1回 時空モノガタリ短編文学賞 コメント:0件 いっき 閲覧数:196

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*プロローグ*

 そのコンピュータ『ラプラスの小説家』は、瞬間、瞬間における全ての力学的状態を知ることができ、かつそれらのデータを解析できるシステムを保有していた。『ラプラスの悪魔』と呼ばれる概念を保有する装置……それは、未来の全てのものを知ることができた。
 その能力を以って『ラプラスの小説家』により創作された小説は、この世で起こるであろう全てのことを予言するものだった。

 ある時、『ラプラスの小説家』は〈軌道エレベータ〉という小説を創作した。
 その内容はこのようなものだった。



 宇宙の静止軌道上に人工衛星を設置して地球側に骨組みを渡し、地球と宇宙とを結ぶエレベータが構築された。それは『軌道エレベータ』と呼ばれ、そのエレベータに乗ると地球上の人間も一週間で宇宙へ行くことができる。
 
 エレベータの創設者『カナン』とその妻『アイリ』は、創設記念の日から往復ニ週間、エレベータに乗って宇宙の旅を楽しむこととなった。

 それは、二人にとってはまさに夢の旅行で。エレベータから眺めることのできる宇宙風景に、二人してうっとりと見惚れていた。

 しかし、予想外のことが起きた。
 エレベータに向かって、スペースデブリ(宇宙ゴミ)が接近したのだ。二人は引き返そうとしたが、地球を出発してからもうすでに、五日間経過しており、どう考えても間に合わない。

 諦めた二人は、ずっと憧れていた景色を見ながら永遠の愛を誓い……宇宙の奥へと消えていったのだった。



 『ラプラスの小説家』がこの作品を産み出した時、まさに『軌道エレベータ』は現実世界でも着工途中であった。
 『ラプラスの小説家』の製造者はこの作品を読んで青ざめ、『軌道エレベータ』の安全性に関して警鐘を唱えた。

 しかし、その当時は『ラプラスの小説家』はまだ知られておらず、誰も相手にしなかった。

 『軌道エレベータ』は綿密な計算のもと、安全性に最も配慮して運行される……その一点張りで、ついに『軌道エレベータ』は完成され、その創設記念日に初回の運行がなされることになった。

 完成を待ち焦がれていた者達が、エレベータの容量いっぱいにまで乗り込み、往復ニ週間の宇宙旅行に出た。
 そして、まさにその初回の運行で綿密な計算から漏れていたスペースデブリがエレベータに衝突し、多くの尊い命が宇宙の藻屑と化したのだ。

 皮肉なことに、この事故がきっかけとなってコンピュータ『ラプラスの小説家』は広く世に知られることとなったのだった。




*本編*

 その時代。書物は専ら『ラプラスの小説家』の創作する作品のみとなっていた。
 誰もが求めること……それは、『未来を知る』ということだった。そんな時勢を反映し、小説家という職業も消滅しつつあった。

 しかし、僕は頑なに『小説』を書くことに誇りを持ち、ひたすら創作することをやめなかった。

「ちょっと、真也(しんや)。まだ、諦めてないの? もう『小説家』なんて、時代遅れ。皆が求めてるのは、未来を読むことができる小説よ。他の職業を探したら?」

 加奈(かな)が眉をひそめて僕に言った。

「いや、ダメだ。僕の魂を込めた作品……僕の渾身の作品が、コンピュータに負ける筈がないんだ」

 ひたすら原稿用紙に向かい合う僕を見て、加奈は呆れたように微笑んだ。

「全く、強情ね。でも、そんなあなたを信じてしがみつく私も、大概強情だけどね」

「加奈、待っててくれよ。僕は絶対に『ラプラスの小説家』なんかには負けない。あんなコンピュータには書けない……魂の作品を産み出してみせる!」

「うん。いつまでも、待ってるわ」

 加奈は、にっこりと笑った。

 そして、僕は……自分の魂を込めた一つの作品を完成した。
 タイトルは〈ラプラスの小説家〉。

 しかし、それと全く同時にコンピュータ『ラプラスの小説家』も同名の〈ラプラスの小説家〉という作品を産み出したのだった。

 その内容は以下の通り、全く同じものであった。



 書物といえば、未来を知ることができるコンピュータ『ラプラスの小説家』が産み出す作品のみ、『小説家』という職業がほぼ消滅した時代になった。そんな時代にも関わらず、書くのをやめない男がいた。

 彼は「読者の魂に訴えかけたい」という一心で小説を書き続けていた。

「コンピュータが書いた作品に、自分の魂を込めた作品が負ける筈がない」

 その想いを胸に書き続けた。

 そして彼は、自分の魂を込めた一つの作品〈ラプラスの小説家〉を完成した。

 それと同時にコンピュータ『ラプラスの小説家』も同名の作品〈ラプラスの小説家〉を産み出した。

 両者の産み出した〈ラプラスの小説家〉の内容は全く同じ物であったが、男の産み出した〈ラプラスの小説家〉は、気迫に溢れた作品であった。臨場感、細部に渡る表現は鬼気迫るものがあり、コンピュータには決して産み出すことのできないものだった。

 それを読んだ者は皆、魂を揺さぶられ、深い感動を覚えた。


 世の大衆は両者を読み比べ、やはり『ラプラスの小説家』の作品は小説家の魂が込められた渾身の作品には敵わない、ということを理解した。

 その二作が世に出て以降。

 また、昔のように、読者は本物の感動を味わうことのできる小説を求めるようになった。そして、読者に涙が溢れんばかりの感動を与えるため、より多くの小説家が創作活動を始めたのだった。



 小説界の未来を予測したその二作は大変な話題となり、注文が殺到した。
 しかし、初動の売り上げこそほぼ同数であったが、その二作の予言した通り、程なくして世間の人々の興味は僕の書いた渾身の『ラプラスの小説家』の方に集中した。
 そして、売り上げも僕の書いた〈ラプラスの小説家〉(しんや著)が圧勝することとなった。
 それは、人々が忘れていたもの……そう。
 生身の人間が魂を込めて書いた作品が伝える臨場感、拘り、感動。人々は心の底からそれらを求めているということを証明するのに充分な結果であった。
 そして僕がそれほどの作品を生み出すことができたのも、いつもそばで支えてくれた大切な女性の存在があったからこそなのだ。
 
 その日は丁度、僕が〈ラプラスの小説家〉を発表してから一周年の記念日だった。
 待ち合わせの書店に入ると、ベストセラー作品の列に〈ラプラスの小説家〉(しんや 著)と印字された本が多数並んでおり、その片隅に〈ラプラスの小説家〉(ラプラスの小説家 著)が少数並んでいた。
 それをぼんやりと眺めていると、後ろから声が掛けられた。

「ミリオン突破、おめでとう!」

「加奈……」

 加奈は眩いばかりの笑顔を浮かべていた。


「ミリオン突破といっても、大部分は『ラプラスの小説家』の話題性のおかげ……僕の実力じゃないよ」

 書店を出た僕は、少し俯いた。

「でも……本当に、〈ラプラスの小説家〉に書いた通りになったじゃない! それって、真也の書いた方が、やっぱりみんなの心に響いて、コンピュータなんかには真似できなかったってことよ!」

 加奈の底抜けに明るい言葉に、僕の顔は綻ぶ。


 僕達はこの日のデートプラン通り、夜景の綺麗なレストランに入った。

「わぁ〜、すごい、綺麗。流石、印税が入ると違うよねぇ」

 加奈は瞳を輝かせて夜景を見る。
 そんな彼女を、僕は真っ直ぐ見つめた。

「なぁ、加奈」

「ん?」

 加奈が顔を向けた。

「どんな形であれ、ベストセラー作家になるという約束、守ったからさ。ほら、もう一つの約束……」

「えっ?」

 僕は加奈の左手を持ち、その薬指にダイヤの指輪をはめた。彼女はそれを見て、瞳をさらに輝かせる。

「すごい。素敵……」

 僕は右手をそっと手の甲に重ねた。

「加奈。僕は一作ヒット作を出したとはいえ、まだまだ小説家としても未熟だし、収入も不安定だ。でも、加奈がいつもそばにいてくれて。いつでも僕の作品のファンでいてくれるから、僕はいつまでも頑張ることができるんだ。だから、僕と……結婚してくれ」

 すると彼女は、頬を薄っすらと染めて微かに頷いた。
 しかし、それはすぐに悪戯な笑顔に変わった。

「でも真也。今よりも、もっと、もっと頑張らなきゃダメよ。だって、〈ラプラスの小説家〉によると、これからライバルがじゃんじゃん出てくるんだから!」

「ああ……そうだな」

 頬を桃にして照れ隠しを言う加奈の手をギュッと握って、僕は目を細め頷いた。


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