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ちほさん

心のあたたかくなるお話を じっくりと書いてみたいです。

性別 女性
将来の夢 童話作家。
座右の銘 たいせつなのは、どれだけたくさんのことを したかではなく、どれだけ心をこめたかです。(マザー・テレサ)

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雪華模様

18/06/18 コンテスト(テーマ):第1回 時空モノガタリ短編文学賞 コメント:2件 ちほ 閲覧数:230

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  ……まだ降り続きそうだな。リンブルグは、ほんとうによく雪が降る。でも、僕は自分の名に「ユキ」が付いているせいか、雪が何だか親しく思えるときがあるよ。若い頃は、リンブルグに医者がいないため、空中都市ユースチス・レイまで、飛行能力のある雪鈴豚の橇で吹雪の中を駆けることもあったものだ。
父は、『生まれた子が女だったら、ユキヤを後継者に。男だったら、ユキヤの首を切る』
と、妻の連れ子の僕より二番目の息子を跡継ぎにしたいと強く望んでいた。
弟が生まれた夜、幼かった僕は、大きな期待を寄せていた人々に導かれて、父がかつて見捨てたリンブルグの村へ逃れ、その地で大切に育てられた。人々は、この孤独な子どもに余りあるほどの愛情を注いでくれた。僕は、この痩せた土地で苦労の多い生活を強いられてきた人々を幸せにしようと決めた。十二歳で領主になったのだよ。なったのだが……この領主館、幽霊屋敷としか思えないほどの荒れようだったので……夜、怖くて豚小屋で寝た。はぁ……幽霊が、ものすごく苦手な男がリンブルグを治めていたなんて、嘘みたいだ。
二十歳の頃、婚約者とリンブルグの未来を天秤にかけ、リンブルグを選んだ。医者不足だったのだよ。ある旅の医者が「リンブルグに留まる代わりに、四日後に貴方と結婚式を挙げようとしている乙女を差し出してほしい」と望んだ。ここで差し出さなかったら、流行り病で確実にリンブルグは消えていた。リンブルグは、四方を山に囲まれている。流行り病を防ぐ壁となってほしいと願っていたが、逆に毒に入り込まれたら、自然の要塞は人々から逃げ道を奪う。既に入り込まれていて、選択の余地はなかった。仕方なかったんだ。 
婚約者は……彼女は、幸せに生きたよ。医者の妻として、雑貨屋の店主として。彼女の家はね、代々女の子が雑貨屋を継ぐことになっていた。彼女はもう亡くなったが、彼女の娘は二人いてね。長女は他国に嫁いでしまっていたから、次女が店を継いだ。
妻には、申し訳ないと思っている。結局、妻よりも医者に奪われた女性をまだ諦めきれていないからだ。妻もそれを知っている。絶望的に相性が悪いのに、よくぞ故郷に逃げ帰らなかったものだ。
娘は、女領主となった。物事を軽く考えがちな彼女には無理だと反対したが、僕より臆病な息子は領主には向いていないだろう? となれば、彼女に任せるしかない。
息子は、天才だった。植物の研究に没頭した結果、リンブルグで初めて花を咲かせた。植物の育ちにくい土地では、野菜は輸入に頼るしかなかったから大変な事件だった。花を見たことがなかった人々の心も明るくなった。僕の心も癒されたよ。今では、幾つも温室が建てられている。子どもたちは、僕に愛されなかったのに、力強く育ってくれた。娘は、何だかすっとんだ領主になったがな。まぁ、そういうのもアリか。ん? すっとんだところは、僕に似ているって? う……そうだったかな? 

──暖炉の薪が、パチパチ音を立てる。過去の罪を飲み込んでいくように。

僕の治めてきた四つの地域は、総称して『リンブルグ』と呼ばれているが、この頃は似ている親子など、とっくに亡くなった者が生き返って目の前にいるような気がして驚くことがある。そんな時は、驚きの次に懐かしくて涙が出そうになる。過去に見たものや触れたもの、匂いや頬に当たる冷たい風や灰色の空から差し込む暖かな光。亡くなった彼らと生きていた頃の何もかもが懐かしくなることがある。いつまでも浸っていたい気持ちなのに、彼らについての記憶は、そっと消えてしまう。また思い出すこともあるが、彼らがいなくなって何年経ったかと頭の中でいつの間にか計算してしまう。 
大切な記憶は……忘れたくない。必死で忘れないように抵抗するが、忘れさせようとする『時』という化け物がこの世にはいる。記憶を失うまいとしても、どんどん現実味がなくなっていく。それは……辛い。小さな記憶など、きっと一瞬で消えてしまっている。初めから存在していなかったかのように。おかしなことに捕らわれていると笑うのか? 虚しさを感じることが多くなったのだよ。年老いたせいだろうな。僕より一つ年上のお前ならわからないでもないだろう? こら、笑うな。いいか、おまえは長く生きろ。『ユキヤ』という人間のことを忘れてくれるな。決して過去の遺物にするな。これは、命令だ。いや、願いだ。
──どうか、友よ。
ふふっ、そうだよ。死よりも忘れられることの方が恐ろしいのだ。馬鹿みたいに怯えているだけだから、気にしなくともよい。だが……どうして、そういった不安がどんどん胸の中に降り積もり、つまりは……どうして、こんなにも恐ろしいと思ってしまうのか? おまえは、どう思う? ほら、あの雪のように純白であれば、不安も何もなかったような気がしないか? 神に赦されているという確実な証拠が欲しいのだよ。
雪は、幻影を見せることがある。あれは、我々を誘っているのだよ。若い頃は、よく美しかった母の姿が見えた。困難な吹雪の中で、息ができないくらいの緊張感の中であれを見ると、手も足も萎えてしまう。まったくの無防備になって泣けてくる。そんな時、いつも僕の頭に囁く声がある。
『ユキヤ、あんまり泣くと崖から突き落とすよ』
二十八歳で病死した義兄の声だ。優しい声でサクッと怖いことを言う人だった。若くして死ぬことになる彼の「忘れてくれるな」という祈りの言葉だったと今ならわかる……。

──暖炉の薪が爆ぜた。揺り椅子に抱かれたまま、老人は眠りに落ちていく。

ユキヤ様は眠ってしまわれたようだ。領主の地位をお嬢様に譲られてから、御自分のために生きたことのないこの方から覇気が失われた。ようやく吹っ切れた後は、リンブルグの土壌調査などに取り組んでいた。なにしろ、雪ばかりの土地なので、どんな野菜が作れるかという死活問題があった。もちろん、家畜のことも同じく悩みどころだった。真っ当な者なら、この土地を見捨てる。人が生きるには過酷な環境なのだ。逃げる方が楽なはずだった。ところが、実際に十分生きていける環境になると、簡単にリンブルグを見捨てようとしていた人々は、自分たちを恥じた。
 
──暖炉の火が弱くなってきた。薪を足さなければ。それに、お薬の時間だ。

「ユキヤ様、お薬の時間です。白湯をお持ちします。お薬は、いつもの……。ユキヤ様?」
返答がない。眠り込んでいるのか? でも、なんだかおかしい。ユキヤ様が腰かけていた窓際の揺り椅子に駆け寄ってみた。いない。ここに深く座られていたはずなのに。
「ユキヤ様―――っ!」
  何処へ行かれた? 何処へ? 
「おじいさま、しっかりなさって!」
いつの間にか、孫娘のヴィオーラが、わたしの肩を掴んで強く揺さぶっていた。
「ユキヤ様が!」
「えぇ、半年前に亡くなられたでしょう? お忘れになった? リンブルグは、二度目の流行り病に襲われて、今度は防ぎきれなかったの。ウィルスは、世界中に拡散されてしまって……医者の数も足りない。おじいさま、わたしたちが最後。わたしたちがここを出たら、リンブルグへのたった一つの門は固く閉ざされる。リンブルグは、発生源の一つだったから!」
 わたしは、このお屋敷で執事をしていた。孫娘は小間使いだった。他国の戦火から逃れてきたわたしたちを、ユキヤ様は大切にしてくださった。リンブルグの人々も、わたしたちを心から受け入れてくれた。そうか……もう亡くなられて──。ユキヤ様に伝えたいことがあったが、もうどうにもならない。わたしたちは、ここを去るしかないのだ。
 揺り椅子の傍の窓が、いきなりバタンと大きな音を立てて開いた! 窓から無数の桜の花びらが、雪と共に飛び込んでくる。春がやってくることのない土地で、桜の花びらを見る奇跡。『春』そして『桜』といえば、リンブルグの人々の憧れだった。窓から外を見ると、一本の桜の枝を手にした若々しいユキヤ様の後ろ姿が見えた。積もった雪の中を、桜の花びらを散らしながら歩き去っていく。いつの間にか、遠い日の想い出の人々も彼に影のように従っていた。みな桜の枝を持ち、同じように歩き去っていく。
──何の音も立てることなく。
わたしの口から、伝えたかった言葉が思わず飛び出していた。
「ユキヤ様は、誰からも愛されていました! 奥方様も、あなた様を愛しておられた。お子様方も。リンブルグの人々すべてから愛されていました! もちろん、わたしたちも!」
すると、ユキヤ様がこちらをちょっと振り返って、あの懐かしい悪戯っぽい微笑みを見せられた。手にしていた桜の枝が(了解した)と言いたげにクルクルと円を描く。
「行きましょう、おじいさま」
 ヴィオーラの声で、わたしは我に返った。
 生き残りのわたしたちには、
『リンブルグを伝説にしない』という使命が残されている。記憶の人々には、いつか再会できる。桜の枝を手に、向こう側へ渡るときに。


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このストーリーに関するコメント

18/07/06 クナリ

ひとつの異世界で繰り広げられる人々の暮らしがリアルに感じられました。
充分異国感があったので、ことさらに世界設定が説明されたりしないのも、読みやすくてよかったです。

18/07/08 ちほ

クナリ様

読んでいただき、ありがとうございました。セリフだけで一人の人間の人生を語ってみました。
自分がどれだけユキヤのことを理解しているか、目に見えるように描写できるかどうか、
書き終わったとき、ちゃんと読者に伝わるかどうか、かなり心配でした。
クナリ様からいただいたコメントで、ほんとうにホッとしました。
「伝わった〜!」というのが、私の第一声でした。
ありがとうございました!

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