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広田杜さん

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りんごの君

18/06/08 コンテスト(テーマ):第157回 時空モノガタリ文学賞 【 コメディ 】 コメント:0件 広田杜 閲覧数:268

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「本当に出るんだってよ」
友人が息巻いて僕を誘ったのは、元病院の廃墟だった。友人は無類のオカルト好きで、「出る」と噂の場所を探してきては、ビデオカメラと懐中電灯を持って探索に行く。一人で行けば良いものを、「俺の背中を任せられるのはお前しかいない」と僕のことを連れて行く。腕っぷしは弱く、以前使われなくなった学校に不法侵入して、その場にたむろしていた不良少年にカツアゲされる羽目になった友人の華奢な背中を見ては、僕は黙ってついて行ってしまう。自分はこんなにお人好しだったのだろうか?いくら虫除けスプレーを使っても近寄ってくる蚊にイライラしながら、夜の草むらを友人の照らす懐中電灯の明かりを頼りに歩いて行った。
その廃墟はなかなかに怖ろしい雰囲気だった。白かったであろう壁はくすみ、窓ガラスはヒビが入ったり割れたりしていた。廃墟にしては珍しく、誰かのいたずらや落書きのあともない。閉鎖されてから、生きているものは誰も近寄ってこなかったかのような、暗く重々しい空気が立ち込めていた。
「これは…今日こそは見られるかもな」
さっきまで辺りを照らしていた月は雲に隠れてしまった。友人は生唾を飲み、慎重に一歩ずつ進んで行く。今までとはちがう雰囲気に気圧されながらも、僕も後をついていった。
玄関のガラスでできた戸は半分ほど割れていた。腕を切らないように慎重に中に入る。皮が破れた待合室のソファの深い赤が生々しい。僕は幽霊など信じていなかったが、足がすくむのを感じた。友人が音を立てないよう、静かに進む。きぬ擦れのかすかな音が、廊下の奥に染み入るように消えていった。
「噂を聞いたんだ」
懐中電灯が照らす埃がかすかに震えている。場の空気を変えるように、友人が明るい口調で口を開いた。
「幽霊ってさ、怖がる人のところにくるんだって。だから本当に出ても、笑ってやればいいんだよ。ま、写真撮ってからだけどな」
友人が僕の方を振り向き、笑う。と、その顔が一気に引きつった。懐中電灯の明かりが僕の後ろで揺れている。一呼吸の間の後、友人はその場に倒れ伏した。
どうしたんだ?引き付けでも起こしたのか?持病があるなんて聞いていないが…。僕が「まさか」な考えに至るまでには1秒もかからなかっただろう。僕の後ろに、まさか本物の…。
僕は地面に落ちたままの懐中電灯の光の方向をゆっくり目で追う。僕はオカルトなど信じていないんだ、いるわけない、きっと生きている何かなんだ。自分に言い聞かせるように僕は心の中で呟く。身体の震えを押さえ込むように、拳を強く握った。
振り返った僕はそれと目があった。僕の背後にいたのは、長い黒髪の血まみれの女だった。
歳は二十代くらいだろうか、無表情だがそれなりに美人だ。致死量の出血をしている以外怖ろしいところはないように見えた。しかし目の白と黒が反転しているのに気づき、気が遠のく。僕は意識をなんとか持ち直すと、この状況をなんとかしなくては、と頭をフル回転させた。
友人は倒れている。なんとか友人を連れてここから出たい。僕達が入ってきたドアは女の後ろだ。どいてもらいたいところだが。
「あの…すみません、そこ通っていいですか」
一応丁寧に頼んでみた。ここにいるということと容姿からきっと生前は日本人だと思われる。言葉は通じるはずだが。
「あの…」
声が掠れ出なくなり、生唾を飲む。やはり言葉で頼むだけではだめなようだ。どうすれば…と悩む僕の頭に浮かんだのは、友人の言葉だ。
『本当に出ても笑ってやればいいんだよ』
笑う。この場に最もふさわしくない反応。しかしオカルトに詳しくない僕には、幽霊の退散させ方など他に知らない。言った本人が気絶する横で、僕は笑ってみることにした。
は、は、は…。
声が出ない…。それはそうか、この状況だ。喉はカラカラで、脂汗が止まらない。震える顎をなんとか開くと、吐き気を抑えてなんとか空気を腹から出す。
はは、は、は。
涙か汗か、塩っぱい汁が頬を伝う。僕の精神力は限界だった。友人の服の裾をぎゅっと掴むと、女と対峙する。僕はオカルトなんかに負けない、負けないんだ…!
女は僕を見ると、緊張に負けついに嘔吐する僕を見て首を傾げた。友人は目を覚まさない。僕も気絶しそうだ。僕達の短い人生はここで終わるのか…。震える僕を見て、女はクスッ、と笑った。
「あなた、面白いのね」
月の光が彼女を照らす。彼女の頬を染める真紅は、まるでりんごのようだった。


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