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クナリさん

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将来の夢 絵本作家
座右の銘 明日の自分がきっとがんばる。

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窓枠テレビ〜あの日、路地裏スタジオから〜

18/06/02 コンテスト(テーマ):第157回 時空モノガタリ文学賞 【 コメディ 】 コメント:2件 クナリ 閲覧数:375

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 なぜ私が人を笑わせる仕事を生業に選んだのかと言われれば、この他に理由はない。
 あれは私が小学六年生、はなたれ坊主の頃だった。
 下町というのはどこもそうなのかもしれないが、私の住んでいた長屋には、幾筋もの裏路地が家々の間を渡っていた。
 私には三つ上の、背が高く見目もよく秀才という、大変出来のいい兄がいて、兄への引け目からか、私は裏路地だの町外れだの、そういうところを主な遊び場に選んでいた。

 ある日、長屋に金持ち一家が越してきた。次に引っ越すまでの繋ぎだとかでということで、積極的に下町の衆と打ち解けるということがなかった。
 私がいつも通り裏路地で一人遊びをしていると、ふと傍らの窓が開き、そこから金持ち一家の娘が顔を出した。親に似て鼻持ちならぬ高飛車な娘だと、噂で聞いている子だった。
 裏路地というのは、当然壁一枚向こうにはそれぞれの家族が暮らしているのだが、わざわざ窓を開けて暗い路地を覗きたいという物好きもいない。己一人の世界への初めての闖入者に、私は狼狽しながら挨拶した。
 私と同い年の彼女の挨拶は不愛想なものだったが、腹は立たなかった。むしろこのつまらなさそうな顔をした、長屋に場違いな上品な服装の少女を、笑わせてやったらどんな顔をするだろうという好奇心が膨らんだ。
 私は当時テレビで人気のあった関西芸人の真似をして、一人二役の漫才を始めた。
「私、お饅頭好きなんですよ。ええ、知ってます。昨日そのお饅頭をね、食べよ思て割ってみたんです。ほう、わざわざ。そう言いな、で、中身はなんやったと思います。そうやな、こしあんと見せかけて、つぶあんやった? ブー、ハズレ、中身はですね」
 少女は少し食い入るような表情を見せた。私は一泊おいて続けた。
「おじいちゃんやったんです。何で、おじいちゃんはお饅頭の中で何してはんの。シオらしくマメマメしくしてはった。うまないで、大福やそれでは」
 少女は笑い出した。私はその笑顔に胸を高鳴らせ、出来の悪い漫才を続けた。
 これが私と、田畑サオリの出会いだった。

 サオリは、下町の子供とあまり遊ぶなと言われているらしかった。だから私と彼女との逢瀬――サオリの部屋の窓を挟んだ漫才――は、すっかり習慣になりながらも、秘密裏に行われた。
 あまり笑い声を立ててはバレてしまうという緊張が、私の拙い噺を助けてくれたのだろう。サオリはいつも、苦しそうに忍び笑いをしていた。
 その笑いは、兄へのコンプレックスに始終悩んでいた当時の私にとって、唯一の人生の清涼剤だった。私は彼女の笑顔に夢中だった。
 サオリは町内では、相変わらず愛嬌のない高慢な子だと見られているらしく、そのことが更に私の自尊心を煽り立てた。この町で唯一彼女を笑わせることのできる人間は私なのだと、誇らしく思った。
 それを恋心だとは、言えなくもないが、少なくとも私には、あの窓を越えてサオリの横に立つことは考えられなかった。
 あの窓枠がテレビで、私はサオリ専属の売れっ子芸人だったのだ。
 そこに見えていても、互いに触れられぬ存在である。
 ひょうきんな芸人は、しかし、巷の有象無象がスクリーンの女優に懸想するように、窓枠という画面の向こう側の少女に心を奪われていた。

 ある日、いつものように私はサオリの部屋の窓の前にやって来た。
 いつしか用意するようになった蝶ネクタイを絞め、渾身の新ネタを胸に、私はノックしようとした。
 すると、窓が僅かに開いていて、中が見えた。
 サオリの部屋のベッドに、彼女と私の兄が並んで座り、唇を重ねていた。
 私が決して越えられなかった窓を、兄は知らぬ間にやすやすと越えていた。私が決して触れることのできなかった花を、兄はとうにその手につかんでいた。
 何より私を打ちのめしたのは、これまで散々笑わせてきたはずのサオリが、私の見たことのない微笑みを浮かべていることだった。
 己の欲しいものを手に入れていると有頂天になっていた自分が、とんだ道化であることを、胸が張り裂けそうな衝撃と共に、私は思い知らされた。
 私は逃げるように家に帰った。部屋に戻り、布団を被って、怪鳥のような叫び声をあげた。
 闇の中でも赤く見えるラメの蝶ネクタイは、この上なく私に似合って、恐ろしく滑稽だった。

 サオリは、ほどなく引っ越していった。
 それから二十余年、私は今、芸人とコメディ俳優の中間のような仕事をして、幸いなことに、分不相応な収入を得ている。

 客席の爆笑をさらう時、私は最高に報われた気分になる。
 しかし同時に、ひどく冷ややかな視線を感じる。
 幼い私が舞台袖に立ち、路地裏から覗き込むようにして。
 お前はあの時と何も変わらぬ道化ではないかと、泣きながら指を指して笑っているような、そんな視線を、今なお背中に覚えるのである。


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このストーリーに関するコメント

18/06/14 文月めぐ

拝読いたしました。
「私」が勝てないと思っている兄に「サオリ」まで取られてしまい、絶望感が伝わってきました。
コメディというテーマに対して悲壮感あふれる小説を書くという発想、感服いたしました。

18/06/15 クナリ

文月めぐさん>
カタルシスのないストーリーですが、人生、そんなにいいものとわるいものがきれいに分かれて存在しないよなあ…「笑い」もきっとそうなのだろうな…という思いで書きました(^^;)。
コメディ俳優の笑顔の裏には、何が隠されているのだろう…と考えてしまうと悲しくなるので、本当は、そんなこと考えないほうがいいんですが…。
コメント、ありがとうございました!

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