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クナリさん

小説が出版されました。 『黒手毬珈琲館に灯はともる 〜優しい雨と、オレンジ・カプチーノ〜』 マイナビ出版ファン文庫より発売中です(表紙:六七質 様)。 http://www.amazon.co.jp/dp/4839958211 twitterアカウント:@sawanokurakunar

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将来の夢 絵本作家
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障子窓の怪

13/01/05 コンテスト(テーマ):第二十二回 時空モノガタリ文学賞【 お寺 】 コメント:10件 クナリ 閲覧数:3372

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あれは僕が宮大工の仕事での出張の帰り、飛騨の山中でのことだった。
日も暮れかけた山道で途方に暮れていた所、傍らにぼろけた廃寺があり、僕はそこで一夜の宿をとることにした。
寺の中は廃屋ならではの寂れ方をしていたが、床や壁はしっかりしており、寝泊りくらいは出来そうだった。
ただ鼠でもいるのか、時折どこからか、トタタタタ……と何かの足音が聞こえる。
荒れた屋内の雰囲気とあいまって気味が悪かったが、さほどの実害はないだろうと決め込んで床に座った。
大工道具を下ろし、ふと横を見ると障子がある。
朽ちかけた寺の中なのに、一枚も障子紙が破れていないのが印象的で、よく覚えている。
電気などは当然通っていない為、寺の中は真っ暗で、ただその障子を透かして来る蒼く滲んだ月光だけが唯一の光源だった。
ひどく神秘的で、浮世離れした光景の中にいることに耐え切れない心地がして、僕はついその障子の紙を一枚、指先でぱしりと破った。
外には、鬱蒼と茂る山の木々が闇に浮かび上がる筈だ。

しかし、障子紙に開いた穴の向こうに見えたのは、明るく開けた春の寺の庭だった。
太陽の光が小さな山桜に降り注ぎ、痩せっぽちの着物姿の六・七歳の少女と、二・三歳のこれも細身の赤ん坊が泥団子を丸めて遊んでいる。

僕はぐるりと振り返った。
そこには、相変わらず寂れた寺の内装があるばかり。
次に障子を引いて開け放った。
夜の闇の中、そこら中に、形も解らぬ闇色の木々が寺を覆う様に立ちはだかっている。
僕は障子を閉め、先程の穴をもう一度覗いたが、さっきの昼の光景はどこへやら、そこには夜の木々があるだけだった。
慌てて僕は、隣の枡の障子紙を破った。すると、葉桜の下でままごとをする先ほどの二人が見えた。初夏の様だ。
やがてその映像が薄れて消え、寺の外の夜の山の、現実的な風景がまたも訪れる。
次の枡の障子紙を破く。
盛夏の中、上半身裸で汗をかいている二人が見えた。

どうやらこれは、この寺の庭の過去の光景が覗けている様だ。二人の着ている物の様子などを見ると、戦争の前後だろうか。
障子紙を先へ進む程に、映像も少しづつ先の季節を映していく。映像は数秒で終わり、その後はただの障子の破れが残るだけだ。
寺が現在の様に朽ちるまでは子供の格好の遊び場だったのだろう、必ずあの二人が映った。貧しそうで、日々痩せていく様だったが、同時にいつも幸福そうだった。
鼠の足音だけが響く中、僕は障子の光景に見入っていた。

次々と障子を破っていくと、光景が秋に到達した所で、異変が起こった。
今までと違い、例の幼子と、母親と思しき痩せた女性の二人が映っている。少女はいない。
大人が映ったのは初めてだ。
そしてその枯れ枝の様な女性は、自分に懐いてじゃれ付く幼子を、恐ろしく沈痛な面持ちで見ていた。
生気に乏しい土色の肌をしているが、目だけは爛々として渦巻く感情をたたえている。
幼子は普段よりも随分綺麗な、山吹色のよそ行きを着ていた。
女性がその幼子に足を踏み出し、手を伸ばす。
その様子に、僕は妙な胸騒ぎがした。
子供を抱き上げるなら、掌がやや上を向いた形で、脇の辺りに手を差し伸べるだろう。
しかし女性の手は、両手で何かを握ろうとする様に、幼子の首の辺りへ伸びていく。
何をする気だろう。
映像はそこで終わった。

次の障子紙を破く。
そこには六・七歳の少女だけが映っていた。
寂しそうに一人でままごとをしている。
他には誰もいない。
誰一人として映らない。
それからいくつ障子紙を破いても、少女は一人きりのまま、映像は冬になった。
凍える指先に息を吐きかけ、少女は泥団子を握る。
もう現れることのない幼子の分を自分の傍らに置き、報われない徒労に飽きて、ぼうっと何もない中空を眺める。
それを繰り返すだけの日々。

その時、後ろからまた、トタタタタ……と足音が聞こえた。
僕は大工道具を取り出し、残った障子の枡を細いノコギリで切り開き、一つの大きな枡を作った。
人一人がくぐれる窓の様に開いた障子の向こうで、枯れ木相手にままごとをする、伏し目の少女がいる。
僕の脇を、後ろから何かが通り過ぎ、その窓の中へ飛び込んだ。
山吹色のその影は、真一文字に少女の元へ向かう。
二人が邂逅する寸前で、映像は消えた。
それきり寺の中は静寂に包まれ、僕は全ての紙が破れた障子から吹き込む山風に震えながら、一夜を明かし、翌日下山した。

あの幼子がどんな運命にさらされたものなのか、僕には解らない。
あの母親を含めた家族にどんな事情があったのかも、探る気すらない。

しかし、もしあなたが飛騨の山中の寺で、不自然に切り開かれた障子を見付けることがあったら、ぜひ一夜泊まって欲しい。

僕が今でも心残りな、再会したあの二人の続きの光景を、見ることが出来るかも知れないから。


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このストーリーに関するコメント

13/01/05 そらの珊瑚

クナリさん、拝読しました。

廃寺で一夜を明かすという、なんとも怖しいシュチュエーションですね。
けれど読み進めていくにしたがい、怖さよりもかなしさを強く感じました。
障子を破るという行為に、異界を垣間見るというイメージが見事にマッチしていると思いました。

13/01/05 草愛やし美

クナリさん、拝読しました。

なんという不思議な話でしょう。私の貧しい頭でも悲しい結末しか想像できません――幻想的な風景とはうらはらに、恐ろしい場面が目に浮かびます。

障子の向こうにある時代に生きる少女が、結末にある再会によって少しだけでも明るい表情をしていればと願わずにはいられません。大工と同じように、続きの様を見てみたいものです。

13/01/06 石蕗亮

クナリさん
拝読いたしました。
廃寺の記憶という設定が良かったです。
概観は朽ちてもその廃寺には何かが宿っていたのかもしれませんね。
先の震災で、物資が無く廃材のトタンを壁に使ったところ、夜な夜なトタン越しに津波のぶつかる音がするという話を現地の方から伺いました。
生き物でなくても記憶は宿り残るのでしょうね。
面白いお話でした。

遅ればせながら新年の喜び申し上げます。
今年も作品を通じてのお付き合いを何卒よろしくお願い致します。

13/01/06 クナリ

そらの珊瑚さん>
ありがとうございます。
夜に閉じているものを開ける時って、いつもなんとなく怖いんですよね。
何の変哲もないドアとかでも。
子供のころに障子紙を見て、「コレ破ったら向こうにとんでもないものが見えたりしたらどうしよう」などと怯えていた記憶があります。
イヤな子供でした(^^;)。

草藍さん>
『浸食』への返信コメント含め、ありがとうございます。
当初はもっとホラー寄りにして恐怖描写に終始しようかと思ったのですけど、この子供たちのことをもっと描写しておきたくなり、このような展開になりました。
深く構成なんて、してないですヨ……(^^;)。
ただ、ちょこっと伏線張っておいて、こそっと消化するのは気持ちよかったりします。
今回だと「トタタタタ」の物音の正体とか。

石蕗さん>
ありがとうございます。
今回のテーマについては、新参な自分が勝手ながら「石蕗さんお得意そうだな…」と思っていましたので、ご本人からコメントいただけてうれしいですッ。
もう、わたくしめはお寺といったら『夜の廃寺でホラー』しか思いつかなかったですよ。
それにしても、人間の幽霊なら”話せばわかる”的なところもありそうですけど、無機物に宿った記憶というのは生きている人間からは手も足も出なさそうな、文字通り問答無用の恐ろしさみたいなものがあります。
そのトタンの話は、考えてしまいますね。
トタンに残った記憶なのか、トタンを通して人間が意識の底に眠る音を自ら聞いているのか……。
こちらこそ、お付き合いよろしくお願いいたします(ぺこり)。


13/01/07 泡沫恋歌

クナリ様、拝読させて頂きました。

泡沫恋歌と申します。

この話はホラーだけど、文学的で夢野久作みたいなイメージを感じました。
廃寺と障子という組み合わせがとても幻想的なシチュエーションになっていると思います。

トタタタタ……という音が妙に気になりますね。
鼠の運動会ではなさそうです(笑)

13/01/08 クナリ

泡沫さん>
ありがとうございます。
廃寺の暗い一室で、月明かりが青く差し込む障子は、きっと美しいと思います。
それをどうやったらホラーにできるかなあと考えてしまう自分は問題ですが(^^;)。
トタタタタは、当初鼠といっておいて実は幽霊の足音でした、という展開のために冒頭から出したのですけど、ちょっと扱いが雑だったかもしれませぬ。
夢野久作って、『ドグラ・マグラ』の方ですね。
文庫本の、インパクトの強い表紙はよく覚えていますが、未読だったりします。
そういえば、読書ってあんまりしないな……。

13/01/16 鮎風 遊

映像を観るようで、面白い話しでした。

障子、こういう経験もあるのですね。
驚きました。

13/01/20 クナリ

鮎風さん>
ありがとうございます。
文章でビジュアルを伝えるのがもともと苦手なので、ちゃんと情景が伝わっていればうれしいです。
子供のころは、障子は破って遊ぶものくらいに思ってたんですけどね……。




15/07/31 草愛やし美

クナリさまの作品は独特ですね、初めて来られた時の鮮烈な思い出が蘇ります。どの作品も好きですが、とりわけ、私はこの作品が好きです。連絡手段がわからないので、お礼をこの作品上にて書かせていただきます。表彰式でクナリさまからの手紙を宍戸さまよりいただきました。とても真摯なお手紙、大変嬉しかったです、ありがとうございます。

お返事は連絡先が分かり次第書かせていただきたいと思っています。とりあえず、お礼まで。

そして、こんな場所で書いてしまったことお詫びいたします、読んで戴いた後、削除していただいてもいいですので、どうぞよろしくお願いします。汗

15/07/31 クナリ

草藍やし実さん>
お褒めにあずかり恐縮です。
今回は不躾にもリアリックス様にお手紙の件お願いしてしまい、草藍さんも驚かれたのではないかと思います。
ご返信など、お気になさらないで下さい。なかなか普段、コメント欄でもああいったことは書けないので、良い機会だと思い勝手ながら利用させていただいたのですから。
文中にあった通りですけども、作風は全く異なるのですが、これからも切磋琢磨する仲でいさせていただければ嬉しいです。
最近はなかなか執筆の時間も取れなくなって来ましたが、自分もマイペースで書き続けます。
何卒、よろしくお願いいたします。

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