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みゆみゆさん

「芥川賞を目指して小説を書きたい」と友人に話したところ、まずは2000字をコツコツ書いていくといいよと、「時空モノガタリ」を紹介してもらいました。コツコツやってみます。

性別 女性
将来の夢 健康な一人暮らし
座右の銘 「人は人、自分は自分」

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人生はコメディ

18/06/01 コンテスト(テーマ):第157回 時空モノガタリ文学賞 【 コメディ 】 コメント:0件 みゆみゆ 閲覧数:629

時空モノガタリからの選評

主婦である「私」の、息子が巣立ってゆく喪失感が素直に描かれていると思います。「私」は生活の疲れを感じた時、きっと幼い息子のもたらす笑いに励まされたことでしょう。プロのコメディアンを目指し巣立っていった息子晴斗の残した「人生はコメディ」というメッセージ通り、「酸素」のような笑いの大切さを彼女は実感したのかもしれませんね。今後は息子から学んだ笑いを通して夫との関係性を再構築していくのだろうなあと感じました。

時空モノガタリK

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 「あのね、これからはぼくが、お母さんを笑わせてあげるよ」おやつのホットケーキをもぐもぐしながら晴斗が言う。小学生になって、一度に二枚食べるようになった。「笑うとね、元気が出るんだって」
 「じゃあ、ママを元気にしてくれるの?」晴斗は「そうだよ」とうなずいてホットケーキを口に運ぶ。この時間に私の幸せが詰まっている。幼稚園で泥だんごを作っていた頃の顔を、学校での出来事を話す顔に重ねて見える成長が嬉しい。大声で歌を歌ったり笑ったりすると、頭に酸素がたくさん送られて元気が出るのだと、音楽の授業で教わったという。すでに十分元気な子供たちだろうにと可笑しく思ったが、あるいは近頃の子供はそうでもないのかもしれないと思い直した。
 「ママ、さんそって、知ってる?」
 理科は苦手だ。「空気のごちそうかな」と答えてから、「食べ終わったら歯を磨いて支度しなくちゃね」と促してごまかした。今日はこの春から通い始めた英会話スクールの日だった。
 夕方は値引きシールの貼られた総菜パックが並んでいる。買い物は一人でいるうちに済ませた方が効率は良いが、英会話の帰りに二人でスーパーへ寄るのが私と晴斗のお決まりコースだった。夫のお弁当用にコロッケを選んでいると、晴斗が花瓶は買わないのかと聞いてきた。
 「花瓶?花瓶は買わないなあ」何かの授業で使うのだろうか。それなら百円ショップにも寄るけれど、家を出る前にプリントを確認しておけばよかった。「それって明日必要?」そう聞こうと「あした」まで言いかけたところで、晴斗はニッと笑って「ガビーーーン」と叫び、買い物カゴを掴んできた。
 「カビンを買わないなんてガビーン」
 得意げに今度は解説付きで重ねてきた晴斗に、絶句しそうな喉をこじ開け「はるくんそれ面白い。面白いねえ」と言いながら、手で顔半分を隠して目で笑ってみせた。晴斗は嬉しそうにカゴの中身に手を触れていたが、「大声は出ない?」と聞いてくる。お店の中だからねと答え、「はるくんが笑わせてくれたから、お夕飯にクリームコロッケ追加しちゃう」と言って、トングでコロッケをつまんでみせた。これがしばらくは晴斗のブームになる予感がした。
 ブームどころか晴斗は人を笑わせることにのめり込んでいった。オヤジギャグのレベルでも、晴斗の元気いっぱいなテンションで披露するとクラスでは大ウケするらしい。昭和時代の木造教室にもそんな男子はいたなと思う。そのうち、私が声を出して笑ってしまうほど面白い事も言うようになり、そして学年が上がるにつれてその頻度は増えていった。口の達者さは晴斗を人気者にさせた。バレンタインに持ち帰ってくるチョコの数は年々増加し、ホワイトデーの出費がバカにならなくなっていた。でも勿論、母親として気分の悪いものではなかった。
 晴斗は人気者のまま地元の公立中学へ進み、私はパートで働くようになった。腹ペコで帰宅する晴斗のためにカツ丼などを準備して仕事へ行き、帰ってからまた改めて夕飯を作る。会話は減っても、食べる量のたくましさが私を満足させていた。放送部に入った晴斗はノートを常に持ち歩き、「ネタ」を書くようになっていた。テレビやラジオでゲラゲラ笑った後にも何やらせっせと書き込んで、ノートは何冊も埋められていく。そして中三の夏になると、「俺はお笑い芸人を目指して上京する」と宣言した。中卒で上京するとまで言い出したので、夫婦でオロオロと説得するうち、高校さえ出れば夢を応援してあげようという話になってしまっていた。
 高校生になった晴斗は「人生はコメディなのだ」をスローガンにお笑い研究部を立ち上げ部長を務め、三度の学園祭に全力を注ぎつつ東京を夢みていた。そして晴れて高校を卒業すると実にアッサリと、今日、晴斗は家を出ていってしまう。
 「人生はコメディなんだよ、お母さん」
 何度も言い聞かされてきたけれど、私を元気にしてくれると言ったあのあどけない晴斗はもうこの世の何処にもいないと思うと、私の人生は皮肉なコメディだった。
 駅へは一人で行くと言う晴斗を送り出した玄関先で、「大丈夫か」と夫が聞いてきた。私の返しを待たずにリビングへ戻る夫とこれからは二人きりだと思うと気が沈んでいく。夫は新聞を広げ、すでに日常に戻っていた。昨日までと今日からの、自分の存在意義の落差がこの人には無いのだ。私は違う。そう思った瞬間、閃いた。夫を笑わせてみよう。ウケなくてもスルーされても構わない。人生はコメディ。私は未来の人気芸人の母なのだ。
 新聞をローテーブルに置き、テレビのリモコンに手を伸ばす夫に向かって、私は口を開いた。


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