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シナイ写本 p457

18/06/01 コンテスト(テーマ):第157回 時空モノガタリ文学賞 【 コメディ 】 コメント:0件 64GB 閲覧数:326

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サンフランシスコ大学で教鞭を取っている私がシリアを訪れることになったのには訳があった。
ギリシャ語で書かれた最古級のパピルス写本が見つかったからだ。新しい資料が見つかったくらいでは、わざわざシリアまで来ることはないのだが、大発見の予感がある。シナイ写本やヴァチカン写本と匹敵するほどの一級品の資料だと言うのだ。
もしかするとパウロが書いた手紙の原文かもしれない。そう思うと言い知れない思いがして飛行機の席で「まだつかないの?」病の子供のように足踏みをしていた。

ダマスカス大学から旧知の友人で考古学者のライルが空港まで迎えに来てくれていた。
「ジェフ!なんだ、茹でられたエビのような顔をしているな。疲れている暇はないぞ」
「ライル!お前こそチェーンソーで作った魚料理のような顔じゃないか。冗談飛ばしてる暇があるなら早くテキストのところに連れていってくれ」
互いに軽く抱擁し背中を二つ叩いた。

とかく新約聖書は誤字、脱字、悪意のある改ざん、学者によってバラつきはあるものの、およそ3万から20万語まで改変されているという代物で本編の文字よりも異文のほうがずっと多い。4世紀のヴァチカン写本には、テキストを改変した先人に対して「アホかお前は! 元のままにしておけ、勝手に変えるな!」と毒づく内容が余白に書いてある。またイエスが「罪のない者からこの女に石を投げるがよい」という姦通の女のエピソードは有名である。
しかし、この話は後世の後付けであることがわかっている。メル・ギブソンの映画にも使われていても異文なのだ。

「これが全部パピルスか!」
私は一度にこれだけたくさんのパピルスを見たことがなかった。ライルの研究室を埋め尽くすパピルスは、ネコが気が狂ったように出したトイレットペーパーの山のようになっていた。
「だいぶ片付いたけど最初はこの三倍はあったんだ」
「私の人生の残りを全部使ってもこの量は扱えないぞ」
「アレクサンドリア写本の神の短縮形は知っているな?」
ギリシャ語の大文字でOの真ん中にあったHのようなシミが神の短縮形ではなく、誰?という別の単語だった話のことだ。
「それと同じものを発見した」
「何んだって?」アレクサンドリア写本は羊皮紙だ。それよりずっと古いパピルスに同じ間違えがあるとすると話は違ってくる。
「しかもだ、インクが裏から滲み出ている点は同じだが、裏には何もないんだ。さらに!その部分だけパピルスが重なっている!どうやらその下のインクが滲み出しているようなんだ!」
「つまり二重になっていると言っているのか?」
「いや、三重なんだ」
「三重だって? そんな話聞いたことがないよ」
「だから君を呼んだんじゃないか」
「なるほど!僕じゃなければあとはダビンチコードのあの教授くらいだな」
私はことの重大さを理解した。写本の初期の底本に関係代名詞的な「誰」と「神」を取り間違えたのだ。キリスト教が吹っ飛ぶ事態だ。神が語ったことが、どこかの誰かが語ったことになってしまう。
よく研究したら神様じゃなく誰かわからない人が言ってました。では済まされない。
「ジェフ。君ならどう思う?」
「ギリシャ語のOΣとΘΣは字面が似てるが、僕なら短縮形のサインがあるかを確認するね」
「それはもう確認したよ。結論はなかった。そもそもこの資料は短縮形を使っていない」
「ではパピルスの炭素14測定法を試したかい?」
「ああ、二世紀になるかならないかだ。ユスティノスの前だな」
「イエスが磔になった直後の資料なら大変なことだぞ」
「ああ、新約聖書から神を追い出すかもしれん」
「話しをグッと戻そうか。三重になっているパピルスのことをもっと知りたい」
「その下に何かあるのははっきりしているんだが、オレはチェーンソーで料理するような男だからさ、お前にキレイに剥がしてもらいたいんだよ」
「パピルスの扱いは得意だがな、剥がさないでX線でもかけたらいいじやないか」
「いや、もう半分見えてるじゃないか。それに外部でX線をかけて問題があるテキストだったら揉み消せないだろ?」
「おい、もう揉み消すこと考えているのかよ」
「何が出てきてもここだけの話にするんだ。公表して世界が宗教戦争にでもなったら……オレは磔になるようなものだ」
「わかった。とりあえず剥がしてみよう」
パピルス片をピンセットで摘みあげた。
たしかにここだけ厚ぼったい。
探針とピンセットで一枚目をゆっくり剥がした。ギリシャ語で「見る」だった。
二枚目はけっこうしっかり着いている。
パピルスを砕かないでキレイに剥がす。自分に何度も言い聞かせる。目が充血しているのだろう、目が熱い。
自分の心臓の鼓動が邪魔だ。
そして隠れていたテキストが露わになった。
「バカが見る〜」だった。


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