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むねすけさん

ブログで創作をやっていましたが、誰にも相手にしてもらえないため、こちらに辿り着きました。 面白い物語、少しほっとしてもらえるようなお話を書きたいと思っています。

性別 男性
将来の夢 作家になりたいですが、 それが無理でも、何かの原案家とか、 自分の考えた物語が世に出ること。
座右の銘 我思う、故に我在り。

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浮いてるセンチにセンチメンタル

18/05/28 コンテスト(テーマ):第156回 時空モノガタリ文学賞 【 浮遊 】 コメント:0件 むねすけ 閲覧数:249

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 電車の中吊り広告、ワイドショーのキャッチに一発目、今日も「有名タレントの娘夢落ち消失」の文字と声が無節操な口パクを操って世間を席巻していく。
 世知辛い世を儚む警鐘の具現、供物、なんて使い慣れない殺傷回数の微量な言葉を拾って悦に入るコメンテーターは、夢落ちに無縁なまま人生を終える気でいる。
 目を醒ますことなく眠りっぱなしの息子娘に遭遇するなんてピーナッツのチョッポリほども懸念しない。厚顔が垂れ下がってブルドッグが目を背けても。
「あの人は、依頼来ても断っちゃうリストに追加っと」
 冴島渉のリストにまた一人、無自覚なコメンテーターの名が書き足される。口一個、テレビは何個、まったく迷惑でしょうがないと、冴島渉はテレビ画面をデコピンして、「痛い、やめときゃよかった」と、してない後悔を一応言葉にポーズをとらせている。
 冴島渉はできてしまった。夢落ち対象者が落ちた場所が、撫でる意識の掌に凸っと感じられたのだ。足された異物。含まれて匿われて、部分に溶けつつあるけれど、位相が微妙にずれた新参の魂。蛇の足で描いた傑作は見事な繚乱を呼んだとて、それはしかし、蛇足という殺傷回数の多量な言葉で血祭りにあげられるだろうし。冴島渉には、それに似た思い出がある。
「沢口君には悪いことしたよ」
 校門前の桜の絵だった。さっさと描き終えた冴島渉が、手伝ってあげた桜の枝色は発色の悪いテレビで見た肉牛の毛艶に酷似していて、桜から肉の香りをプンプンと発散した。
「沢口君、ありがとうって言ってたな。先生あれ、気づいて制裁くれやがったのかなー、私のと沢口君の並べてクラス代表に選んだの」
 冴島渉が夢落ち対象者をこちらに引き戻すとき、脳内の肉牛がモウモウと鳴いた。蛇の足、異物、戻っておいで、あなたが呼ばれたつもりになっているそこは、もう誰の侵入も許さずに閉じている。本来に目をつぶって偽物の楽園に安堵しても、あなたたちはいつか、自分の毛艶が桜の木にそぐわないことを知るのだよ。それは、悲しいんだよ。戻っておいで。あなたたちを呼ぶのは、そこじゃない。呼ぶのは、あたし。冴島渉です、私は、落ちない。私は、こっちに呼ばれている。だから私も、あなたたちを呼べる。戻って、おいでよ。

「浮いている?」
 依頼者、倉本静香は細めて個性を隠匿した声でそう告げた。
「もしもし、眠りから醒めないのではないのですね?」
 娘がこのところ毎日、睡眠中ベッドから浮いている。電話口の保護者は温度のない声でそう繰り返した。
「浮いている、あの、私は夢落ち消失者の戻し屋職でして、あぁ、はい。お役にたてないかもしれませんが。えぇ、いえ、お金のことはいいんですけど。じゃぁ、伺います。えぇ」
 閑静な住宅街、3から始まるナンバーの車が二台。もれて聞こえない生活音。清潔な玄関マットは冴島渉の枕カバーよりも綺麗そうだった。「頬ずりしたいね」と、思うほどに。
 通された対象者、倉本愛奈の部屋。
「なるほど、浮いていますね」
 冴島渉の掌がシーツを撫でる。センチにして四センチほどかなと、推量する。
「少しずつ、上昇してるようなんです」
 部屋の中で、声を解放して倉本静香は「面倒なことに巻き込まれた」という思いを冴島渉にぶつけてくる。
「放っておくと、悪化、その、夢落ちしてしまうのではないかって」
「朝は目を醒まされる?」
「はい、学校にも行きます、成績もいいです」
「えぇ、クラブ活動などは?」
 一瞬、間が空いた。そのことに、しまったと倉本静香はまぶたを痙攣させて瞬間だけ後悔する。
「文芸部です」
「あぁ。なるほど」
 冴島渉は部屋を見渡す。掌を部屋中に這わせて、異物を探した。部屋の中に海ができる。潮が引いてゆく。おいで、駆けておいでと、閉じてしまって異物を吸収し、後に放り出すくせに、誘いは甘美で希望に満ちている。恐ろしいものだと、冴島渉は掌にじっとりと汗をかく。
 DEEP PURPLE、NEIL YOUNG、KISS、BONJOVI、CDラックに冴島渉の好物がぎっしり。大江健三郎、池澤夏樹、吉本ばなな、森鴎外、長野まゆみ。本棚は時間の歪を濁流にして泳者を溺れさせようとしているかのように、背表紙が不揃い。
 飾られた竹久夢二の夫人画絵葉書。ゴールディ・ホーンの映画パンフレット。モノクロのゴールディはヘルメットを被っている。
 こりゃぁ、と冴島渉は結論を掌に握りつぶした。どこにも落ち切れてないわけだ。それは、つまり。呼ぶ声が、半々。決めかねてるってこと。
 彼女を浮かせているのは、時代に流されない彼女の趣味ではない。
「問題ないです」
 と、冴島渉は言い残して去る。
「夢落ちの際はご用命を」
 倉本静香の驚く顔を置きざって、冴島渉は思う。
 家族に、うちの子浮いてるって思われるの、やだろーな、と。
  

  


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