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浅月庵さん

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わたしはジャージが被れない

18/05/27 コンテスト(テーマ):第156回 時空モノガタリ文学賞 【 浮遊 】 コメント:0件 浅月庵 閲覧数:243

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 すべては、あの日深夜に起きた両親の口論が始まりでした。

 わたしは二階の自身の部屋で就寝していたのですが、一階のリビングから聞こえる二人の話し声が五月蝿く、ついに覚醒してしまいました。時間が経つにつれ罵り声は激しくなっていき、わたしは猛烈に怖くなると、布団のなかで芋虫のように丸くなったのです。
 
 しばらくすると夫婦喧嘩は収まり、わたしは恐る恐る階段を降りて一階へと向かい、リビングの扉をそっと開きました。
 ただ、二人の姿が見つからなかったので、わたしはふとキッチンの方に目をやったのです。
「きゃぁぁあああっ!!」
 状況を瞬時に理解できたわけではなかったのですが、わたしは眼前の事態が信じられず、自然と悲鳴をあげておりました。その声に気がついた父親が「見るな!」と叫び、わたしの視界を覆うように走り寄ってきたのです。

 ただ、もう遅かったのです。
 わたしは確かに母が浮遊していたのを見てしまいました。彼女の両足がフローリングの床から離れ、揺れている光景が脳裏に焼きつき、未だに離れません。

 ーーそして、不運はその他の不幸も一緒に絡めとって、わたしをどこまでも転げ落とそうとするのです。

 わたしたちの中学は、学校指定ジャージで生活することが義務づけられており、造りとしましては胸元までしかチャックが下ろせず、頭から被る形状のものでした。
 ただ両親の事件以来、わたしだけは特注で、首元から裾までチャックが伸ばされた前開きのものを用意し、着用していたのです。

 それが心底気に食わなかったのでしょう。学級内でも権力を持つ、地位の高い女子生徒に目をつけられてしまいました。
「あんたのジャージ、みんなと違くない? しかも中、Tシャツじゃなくてボタンシャツ着てるし」
「これには理由があって」
「理由ってなによ」
「……それは言えない」
「なにそれ。もしかして目立とうとしてんの?」

 とんだ誤解でした。先生には許可を得ていたのですが、どうしても彼女たちに説明できないことが反感を買い、それは向かい風となってわたしに襲いかかってきました。
 羨みが陰口や無視という邪悪な形に変質し、わたしをどこまでも迫害していったのです。

 それからわたしは中学で孤立し続け、高校で縁もあって初めて恋人ができたのですが。スキンシップの一環で彼の腕がわたしの肩に回されたとき、反射的にわたしは彼を拒絶し、半狂乱になってしまったため、その恋もすぐに終わりを迎えてしまいました。

 わたしはなにをやっても上手くいかないようです。

 そしてわたしが二十歳になった節目に、あの日の原因は父の不倫であったと本人から打ち明けられました。今まで濁されてきたのですが、元凶は父だとようやくわかったのです。

 わたしは疲れ果ててしまいました。暗黒に満ちた世界に終止符を打とうと、最後に父の前で自らの命を絶つことを思いたちます。
 包丁を用意し、自身の心臓に突きたてるよう試みると、父は必死になってわたしを止め、揉み合っているうちに刃の切先は反対に父の胸に埋まり、途端に世界は赤に染まったのです。

 本当にわたしは、なにをやっても上手くいきません。

 救急車を呼び、その間にもう一度自害を覚悟し、再び自身の左胸に包丁を押し当てたのですが。今度は先ほどの父が苦しむ光景が脳裏をよぎり、心臓を貫くことができませんでした。消えたいはずの自分を殺せないトラウマばかりが増えていくなんて、本当に滑稽な話です。
 ……父は程なくして死にました。

 ーーあの日、父のことを心底信頼していた母は失望し、怒り狂うと電源タップをキッチンの照明に巻きつけ、輪を作って自殺しました。父は必死になって止めたそうですが、暴れる母に蹴り飛ばされて頭を床に打ち、気絶していたそうです。その間にすべての“コト”が済んでしまったのが顛末でした。

 それ以来、粘度の高い呪いは己を蝕み、わたしは頭から被るジャージやネックレス、マフラーを着けることができなくなってしまいました。首になにかが巻きつくと、母の“最後”がフラッシュバックしてしまうのです。

 ただ、法によってわたしはようやく死ねるようです。
 日本で用いられる死刑の種類は絞首刑で、わたしは父を殺したという罰を、母の自死と同じ格好で償わなければいけないことに、なにかしらの因果を感じました。

 ……ですが、ひと一人を殺しただけでは日本では死刑にならないそうで、またもやわたしは上手くいかなかったのです。

 わたしは自分が生きているのかわからない、地に足のついていない浮遊感と共に、獄中で日々を過ごしています。
 その足を地面に下ろすのか、反対に母のいるあの世へ飛び立つ方法を模索するべきなのか、未だに答えは出せずにいます。

 ーー誰か、わたしを救う方法を教えてください。


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