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待井小雨さん

待井久仁子というペンネームで「小説&まんが投稿屋」というサイトで、童話やホラーやよくわからない物語を投稿しています。 ご興味を持っていただけたら、よろしくお願い致します。

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神のてのひら

18/05/27 コンテスト(テーマ):第156回 時空モノガタリ文学賞 【 浮遊 】 コメント:0件 待井小雨 閲覧数:294

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 長く会わずにいたKという友人から、昨晩「一度会えないだろうか」と連絡があった。「見せたいものがある」とのことで、私は彼を訪ねることとなった。

 Kは都会から離れた山近くに暮らしていた。
「来てくれてありがとう」
 Kは白衣姿で私を出迎えた。その姿と研究所のような建物の佇まいに、「君はまだ、何か研究をしているのか」と尋ねた。
 ああ、とKは穏やかに頷く。通された部屋は殺風景で、何かの研究をしているようには見えなかった。抱えられる程度の大きさのガラスケースがあるだけだ。
 これは? と手を伸ばしかけ、中に生き物がいるのに気付いた。
「ああ、これを見せたかったんだ」
 Kは生き物を机の上に解放した。
「……蝶?」
 と、初めは思った。しかしそれはいやに胴体が太く大きく、私の知る蝶とはまるで異なっていた。脚は昆虫類というよりも肉のついた動物のそれによく似ており、そもそも生えている場所が違う。複眼はなく、代わりに頭の様なものが付いている。全身は細かく白い毛に覆われていた。
 これは存在すべきではないものだと直感した。
「珍しい――虫だな」
 動揺を隠し、そう言った。翅は胴体に対し貧弱で、蜻蛉の姿にも似ている。Kはうん、と頷いた。
「人間をね、蝶と混ぜたんだよ」
 さらりと出たKの言葉に思考が止まる。
「出来るはずはなかったんだ。種として違いすぎる。けれど出来てしまった」
 脳裏に「錬金術」などという古めかしい言葉が浮かんだが、白くなった思考ですぐに塗りつぶした。
「僕は神の手のひらからすり抜けてしまったのかもしれない」
 Kはひとつ息を落とした。
「この世に起きてはならないことは『起きてはならない』はずだ。――いや、そもそも『起きない』んだ。神が見ている限り、決して。けれどもしも存在し得ないものが存在してしまったのなら、それはきっと、神が目を離してしまったからなのだと思う」
 私達の見つめる先で蝶(蝶、だと思いたい)が翅を動かした。飛べるはずもないと思った薄い翅はしかしなめらかに動き、肢体を支えて羽ばたき浮遊した。その姿は私の目に美しくも映った。
「これは研究だとかそういう、当たり前の方法では生まれ得ない命なんだ。僕はたぶん、たまたま神が目を離した隙に触れることのできない領域に触れてしまったんだと思う。奇跡はあった。それを目の当たりにしてしまった。――『これは人には造れない』」
 蝶を愛おしむ瞳で語る。
「これはね、僕の知る人によく似ているんだ。彼女を混ぜたから」
 蝶は私の指に頭と思しき部位を寄せてきた。その顔を直視することができない。これに知能はあるのか、ないのか。感情を持つのであれば哀しいだろうか。
「君を呼んだのは、見てほしかったからなんだ」
「この蝶を」
「うん。僕のしたことを見ておいてほしかった。僕はもう永くはないから」
「え――」
 手のひらに蝶を乗せて呟く。
「神は領域を侵したものを、見逃したままにはしてくれないもの」
 疑問を挟む暇もKは与えてくれなかった。

 Kはその日の内に倒れ、運ばれた先で亡くなった。
 翌日、Kの横たわる棺桶にあの蝶が入っていくのを見かけた。白い毛に覆われたその顔は、確かに彼の愛した人によく似ていた。
 Kと蝶は煙になってこの世から消えた。
 私は彼の残した建物で暮らすようになり、彼が没頭したのと同じように研究にのめり込んでいった。
 そしてあの蝶が人知の及ぶ範疇では決して造れないものだということを痛感した。
 Kが亡くなってから長い時が経ったが、私は未だKの到達した場所に指の先程も触れることが叶わずにいる。
「……お前を最後にしよう」
 疲れ果て、私は数十年に及ぶ研究をもう終いにしようと決めた。しかし――最後の蛹が羽化した時、その姿に私はしばらく声を発することもできずに瞠目した。
「K」
 白い毛に覆われた頭部と体。対する翅は頼りなく薄い。あの蝶に似てはいた――が、これは違う。羽化した蝶はKの作ったものより歪で醜く、まるで命の形を成していない。けれど。
「K……!」
 名を呼んだ。
 ――蝶の顔は、Kによく似たものだった。
 Kの命は正しい流れに乗ることを赦されなかったのだろうか。今更になって徒に、偽の命として私の手の中で蝶となってしまったというのか。
 Kの顔を持つ蝶はぎこちなく翅を動かした。その動きはかつて見た創造物とは残酷なまでに違う。鈍重な体と脆い翅は歪に繋がっており、羽ばたこうとする度に根元から千切れそうな様子を見せる。
 あぁ、と顔を覆う。諦念が心に満ちてくるのを感じた。
 ――これに知能はあるのか、ないのか。
 蝶を机に下ろした。
 感情があるとするなら、哀しいだろうか。
 蝶は机の上でじたばたともがく。そして飛翔どころかわずかに浮遊することすらもできず、床に醜く落下した。


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