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与井杏汰さん

突然思い立って短編小説を書いてみたくなりました。このサイトを知って、うれしく思います。

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浮遊体験ゴーグル(試作品)

18/05/26 コンテスト(テーマ):第156回 時空モノガタリ文学賞 【 浮遊 】 コメント:0件 与井杏汰 閲覧数:243

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「このゴーグルを頭からかぶって。私の顔が見えるか?」
 タケルが頷くと、神田博士は言った。
「右上にスイッチがあるだろ? それを手前に引くと浮遊モードだ」
 タケルはスイッチをスライドした。
「後は君の意思次第だ。脳波の変化で動作する。慣れるまで少し時間がかかるが、とりあえず動きたい方向をイメージして」
 浮け!そう念じると、目の前の景色がふわっと変化した。
「あ、浮かびました!」
「そうか。うまくいったな。しばらく遊んでみてくれ。まだ試作品だからな」
 博士はそう言うと、付け加えた。
「それから浮遊中は決してゴーグルを外さないように。どこでも良いから着地してくれ。その後スイッチを停止モードにして、画面に『SAFE』が表示されてから外すように」
「わかりました」
 とタケルは応えた。

 自宅に戻ると、早速ゴーグルをはめて部屋の中で浮かんでみた。窓の方に向かって飛ぶと、次第に窓が近づき、そのまま突き抜けて外に出てしまった。振り返ると、窓の向こうにゴーグルを付けた自分がいた。さらに上空に飛ぶ。眼下では、見慣れた道が、家が、どんどん小さくなった。そのまま空を飛び、駅前に来た。馴染みの店が見えたので下降する。入口を突き抜けると店内に入った。客も、店員も、誰もこちらには気づかない。再び外に出てまた浮かぶ。ふと、タケル好みの女の子を発見した。何となく後を追うと、近くのアパートに着いた。彼女は2階の部屋に入った。玄関をすり抜けて中に入りたい衝動に駆られたが、さすがに無断侵入はまずい。もしログでも残っていたら博士に何を言われるかわからない。タケルはまた上空へ昇った。

 次第に日が暮れてきた。川の上空に来た時、堤防の下に人影を発見した。近づくと子供が1人うずくまっていた。足から血を出し、近くに自転車が倒れていた。堤防から落ちたのだろうか。周りには誰もいない。救急車を呼ぼう。そう考え、着地を試みた。しかしなぜか地面に降りられない。もどかしいが、焦れば焦るほど着地できない。「試作品だから」といった博士の言葉が頭をよぎる。
「もしかしてバグか?」
 子供は苦悶していた。骨折でもしているのか。タケルはゴーグルのスイッチを停止モードにした。画面が灰色一色になる。しばらく待ったが「SAFE」が表示されない。そのうち画面が真っ黒になった。仕方なくゴーグルを外した。突然めまいに襲われ、思わず両耳を塞いで目を閉じた。周囲がグルグル廻っている。しばらくして、ゆっくり目を開ける。暗くなった自分の部屋が見えた。急いでスマホを探し、救急に電話した。

 電話するとタケルも川に走った。現場には救急車が到着していた。
「子供は助かったんですか?」
 自分が通報者と名乗った後、隊員に聞いた。
「いえ、どこにも怪我した子はいませんでしたよ」
「そんなはずは…」
「周囲には見当たりませんでした。あなたはどこから見たのですか?」
 タケルは言葉に窮した。博士とは、ゴーグルのことはしばらく秘密にする約束だった。
「実は、リモコンでドローンを飛ばしてたんです」
 仕方なくそう答えた。
「そうですか。付近はドローン禁止の所もありますから注意してください。我々はこれで引き揚げますので」
 隊員はそう言うと、戻っていった。
「なぜだろう」
 タケルは博士に電話した。

 話を全部聞くと、博士はこう言った。
「あのゴーグルは君の頭で空想したことと、現実のデータを合成しているんだ。現実のデータは不足があるから、残りはAIで補足したり、それでも足りない部分は君の脳内データが中心になる。多分、君の思いが存在しない映像をつくってしまったんだろう。何か、その川に記憶はないか?」
 タケルは答えた。
「そういえば昔、ここで友達と遊んでいて怪我をしました」
「多分それが基になってるんだろう。本当に事故が起きてないなら何よりだ」
「ところで、焦ってたので『SAFE』表示の前にゴーグルを外してしまったんですけど…」
「何だって!おそらく君の脳とゴーグルの接続がまだ切れてない。ゴーグルは手元にあるか?」
「いえ、うちに置いてきました」
「誰かがそのゴーグルを触れる状態か?」
「両親は外出中で… あ、妹がそろそろ帰ってきます」
「なら妹さんが触る前に急いで帰宅するんだ!」
 タケルは何が何だかわからないまま、家に急いだ。

 その頃、タケルの妹、ミサキはゴーグルを手にしていた。
「何だろう?お兄ちゃんの新しいゲームかな?」
 そう言うと、ゴーグルを頭に付けた。
「うわ!」
 激しい衝撃が彼女の脳を襲った。走馬燈のようにこの街の上空の景色が流れた。やがてゴーグルを外すと、ミサキは立ち上がった。
「そういえば俺、今日バイトだった」
 ミサキはぶかぶかの男物の靴を履くと、玄関を出て歩き出した。


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