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紫聖羅さん

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死体の真似事

18/05/26 コンテスト(テーマ):第156回 時空モノガタリ文学賞 【 浮遊 】 コメント:0件 紫聖羅 閲覧数:208

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「やっぱりここにいたか」
 放課後の誰もいないプールで、紗夜は水面に仰向けになってプカプカ浮いていた。制服も靴も着用したままだった。濡れたワイシャツが下着を透かしていて、俺は咄嗟に目を逸らした。
「クラゲってどんな気持ちかなぁと思って」
浮いたまま紗夜は言う。
「違うな。水死体とはどんな気持ちかなぁ、だろう」
「慎太郎はなんでもお見通し……なのかな?」
 紗夜はなぜか少し意味有りげに笑う。
「……これ、拾ったんだ」
 俺はボロボロになった数学の教科書を遠慮がちに掲げた。裏に紗夜の名前が書いてある。今日は校庭の池に浮かんでいた。
 形の整った瞳がちらりと一瞬こちらを見る。ありがとう、と無感情な声を出すと、紗夜はプールから上がった。水滴がボタボタ落ち、緑色の床を濡らす。
 紗夜は度々首吊り死体や水死体の真似をする。よく遊びの範疇で行う、死んだふりのそれではない。「自殺の」真似事なのだ。だが、自殺未遂とはまた違う。紗夜は、その苦しさと寂しさを確認し、自制しているのだと思う。
「明日から、プール閉鎖されちゃうね」
「ああ、水泳の授業中の事故だろ?」
「足を吊って溺れかけた生徒達が皆、口を揃えて何かに足を引っ張られたって」
 しかし、足を引っ張った犯人は見つからず、子供を心配する保護者の意見もあり、プールの閉鎖が決まった。
「そういえば、隣の高校でも男子生徒の数人が、プールの授業中に足を吊って溺れたみたいだよ」
「紗夜も気をつけろよ。どんくさいから、すぐ足吊りそうだし」
「私は大丈夫だよ、絶対」
 絶対、をやたら強調して笑った。目が細められた拍子に、長い睫毛に乗っていた水滴がはじかれるように飛び、光を反射した。
 整った外見と、優秀な成績。それを面白く思わない連中がいる。
 その連中が原因で、紗夜は死体の真似事をするようになった。
「私と一緒にいたら、きっと慎太郎まで……」
 以前紗夜がそうつぶやいた。俺のことを気遣ってか、ここ三ヶ月くらい、学校内で人目に付くところでは、紗夜は俺とあまり話さなくなった。それだけではなく、最近は特に水死体の真似をする頻度が多くなっていることが気がかりだ。
「プール、閉鎖されちゃったねぇ」
 翌日の放課後、家の近くにある川の土手に二人で腰かけていた。紗夜は名残惜しそうにぼんやり遠くを見つめている。
「プールが一番、水死体をやりやすいのに」
「閉鎖されてよかったよ、本当」
 俺がため息を漏らすと、紗夜はふいに立ち上がり、川に向かって飛び込んだ。
「ちょ、ちょっと紗夜!」
この川は見た目より水深が深いのに!
 紗夜を助けようと川に飛び込もうとした。しかし、体が硬直してしまう。どうしても、川には入れなかった。
「どうして? 慎太郎」
 紗夜は膝まで川に浸かった状態で、こちらを向いて立っていた。やたらと大人びた視線にドキッとする。
「次の日も、慎太郎はいつも通りだった。あの理由が知りたくてプールに浮かんでみたの。でも、慎太郎は全然気付かないし」
 大人びた視線から一転、紗夜の呼吸はヒクヒクと乱れ始めた。
「……思い出したよ。だから、ここに来たのか」
「最初に慎太郎を見つけたのは私だった。あの日、とても辛いことがあったの。でも、慎太郎を見つけたことの方が、辛かった。私がいつも死体の真似をしてたせいだって思った。でも、隣の高校で溺れた男子生徒って……」
 そこで言葉を区切り、答えを求めるような視線を向けられる。赤く腫れた目で真っ直ぐ見つめられ、俺は目を逸らした。黙っていることが、肯定であると紗夜は受け止めたようだ。
「それに、私たちの高校で溺れかけた人たちは、私をいじめてた人たちだった」
「……そうだよ。俺がやった」
「慎太郎はあの日のこと、知ってたんだね」
 三ヶ月前の夜、隣の高校の制服を着た男子生徒数人に連れていかれる紗夜を偶然目撃した。行き先は近くの公園だった。そこで行われていた光景を目の当たりにして、俺はその場から逃げ出した。
 何を言ってももう遅いが、男子生徒が怖かったわけではない。他人の手で弄ばれている紗夜の姿が、恐ろしく受け入れ難かったのだ。
 その後、俺はこの川に入水した。ついにすべてから逃げ出してしまった。
 無責任にも、それでも紗夜を守りたかった俺は、愚かな浮遊霊になっていた。そして、あの事故を起こした。
「ここに来るのが怖かった。ここに来たら、きっと思い出してくれるから、お別れだと思ったの。でも、やっと決心がついたよ」
 大丈夫、私は大丈夫だよ。紗夜は何度もそう言って微笑んだ。泣きながら微笑んでいた。
 俺は紗夜を抱き締めた。
「ごめん。紗夜」
 けれど、自分の声は 既に紗夜に届いていないようだった。足から体がふわりと浮き上がり、紗夜を抱き締めていた腕がゆっくり彼女から離れていった。


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