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みゆみゆさん

「芥川賞を目指して小説を書きたい」と友人に話したところ、まずは2000字をコツコツ書いていくといいよと、「時空モノガタリ」を紹介してもらいました。コツコツやってみます。

性別 女性
将来の夢 健康な一人暮らし
座右の銘 「人は人、自分は自分」

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渓谷にて

18/05/24 コンテスト(テーマ):第156回 時空モノガタリ文学賞 【 浮遊 】 コメント:0件 みゆみゆ 閲覧数:287

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 お父さんは、吊り橋の真ん中まで歩いて下を見おろしました。干上がった川底の石は実際の大きさが計り知れないほど小さく見えて、お父さんは思わず半歩、後ずさりました。そして顔を上げると、みいちゃんが渓谷に浮かんでいたのです。
 紅葉の季節はとうに過ぎた寂しい山々を背景に、そこだけお花の咲いたような黄色いワンピース。背丈も髪の長さも、道の脇に停めた車ですやすやと眠る、三歳のみいちゃんそのままです。顔つきだけは仏像のようで、静かにお父さんを見つめています。
 「みよ子が俺を睨んでいる」
 驚きと恐怖で金縛りにあったように動けなくなり、浮かぶみいちゃんから目をそらすことができません。そのうちビュウッと強い風が吹くと、お父さんは飛び上がるほどの冷たさを感じました。いつのまにか体じゅうに、びっしょりと汗をかいていたのです。お父さんは腰の曲がったおじいさんのようになって、ヨタヨタと車へ引き返していきました。
 ああ、良かった。ちゃんと成功しました。ホッとした私はみいちゃんから本来の姿に戻り、その場でクルクルと回って成功を喜びました。今までは身投げしに来る人ばかりだったのに、娘を投げ落とそうと考えてやって来た人は初めてでした。そんな父親が私の父のほかにもいたなんて、思ってもみませんでした。
 私は十二歳の時に投げ落とされました。私を抱き上げる重みに顔がゆがむ父を、なんの疑いもなく見つめていました。父の腕が離され、アッと思ううちに父はみるみる遠くなり、私の全身は地面に叩きつけられました。私はすぐさま父のところへ戻りましたが、すでに父はいなくなっていたのです。訳が分からず、そのままずっと、浮かんでいるしかありませんでした。何日も浮かんでいるうちに、ときどきミミズクさんが声をかけてくれるようになりました。
 そんなあるとき、父よりずっと若い男の人が吊り橋で立ち止まりました。緑の葉っぱを頭にちょんと乗せ、ぼんやり私の方を向いています。絵本に出てくるタヌキのように、ボンッと父が現れるのかもしれない。私はドキドキしましたが、風が葉っぱを吹き飛ばしたあとも、お兄さんはお兄さんのままでした。
 お兄さんは、ガッカリしている私以上に虚ろな目をしていました。その目をよくよく覗き込むと、身投げをしにやって来たのだと分かりました。そんなお兄さんの後ろには美しい景色が広がっています。新緑の季節でした。渓谷に風が吹き渡れば、どの木の葉っぱも一枚一枚がその風を受けて枝を揺らします。枝葉が大きく揺れれば、木そのものがまるで生きているかのように動くのです。でも私にはほんのひとかすりも、風があたることはありません。また吹いてきた風にお兄さんの髪がふわりと揺れたとき、この人を死なせてはいけないと思いました。お兄さんの心の中を覗き込むと、美しい女の人の姿が見えます。私はその美しい女の人に変身し、「見て」と念じました。変身した私を見たお兄さんは大きく目を見開きました。それから私は、「死んじゃだめ」と念じました。すると、お兄さんの目からポロポロと涙がこぼれ出し、ついに身投げすることなく帰っていったのです。
 その晩、ミミズクさんにほめられました。私はほめられたのがうれしくて、クルクルと回りました。それ以来、父を恋しく待ちわびながら、身投げしようとする人たちを思いとどまらせてきました。とはいえ、いつでもちゃんと成功したわけではありません。私が変身したために飛び降りてしまった人。心が空っぽで何も見えない人。吊り橋で一晩中泣き崩れ、動かなくなった人もいました。「凍死」というのだと、ミミズクさんが教えてくれました。
 みいちゃんのお父さんはようやく車までたどり着いたようです。このまま一緒について行けば、私は父に会えるかもしれません。「類は友を呼ぶ」のだそうです。私はミミズクさんからいろいろと教わりました。だからこそ父に会いにいきたいのです。恋しいだけじゃない。いつか父に会えたならたった一度でいい、私のために手を合わせてほしい。それで私がちゃんと「成仏」できるように。
 ところどころ塗装の剥げた手すりの、いつもミミズクさんがとまるあたりに目をやりました。風に吹かれた枯れ葉が魚の尾びれのように、手すりをすべっていきました。私はミミズクさんの羽の模様やくちばしや、私をほめるときに身体を揺らしてくれるところが好きでした。お礼もお別れも言えなくてごめんなさい。でも、もう、私、行かなくちゃ。


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