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新屋鉄仙さん

小説サークル『堕楽堂』代表。鉄仙のショートショート(https://www.tessenshortshort.com)運営。北海道札幌市在住。会社員。趣味は料理とアナログゲームのコレクション。平成24年に若年性パーキンソン病を発症し、『前向きな自暴自棄』で人生を楽しみ始め、2017年からショートショートを書き始めました。

性別 男性
将来の夢 小説家デビュー
座右の銘 できる、できないではない。やるか、やらないかだ!

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グラビティ・ゼロ

18/05/23 コンテスト(テーマ):第156回 時空モノガタリ文学賞 【 浮遊 】 コメント:0件 新屋鉄仙 閲覧数:221

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 それまで、半年以上同じ女性と付き合ったことがない私が、彼女とは一年も付き合っていた。
 彼女は生まれつき念動力、つまり物を浮かせることができる超能力を持っていた。と言っても、自分自身を地面から十センチほど浮かせることしかできないかわいいものだ。彼女の能力は自分でコントロールできないらしく、喧嘩をすれば怒りながら宙に浮き、感動する映画を見れば泣きながら座高が十センチ伸びたかのように浮き上がった。感情の高ぶりで発動してしまう能力を彼女は嫌がっていたが、私はかわいらしくて好きだった。

 あの日、私は初めて彼女と泊りがけの旅行をした。格安飛行機を利用したため現地に着いたのは夕方だった。観光名所はどこも入場時間が終わっており、その日は晩御飯を食べて宿泊先のホテルに向かうだけだった。ホテルの近くでご当地グルメを堪能してホテルの部屋に入ると、彼女はキャリーケースを開けてガイドブックを取り出し、ベッドの上であぐらをかいて読み始めた。うだるように熱い真夏の夜を歩いた私はすぐに汗を流したかったので、彼女に断って先にシャワーを浴びることにした。シャワーを浴びてベッドに戻ると彼女は付箋だらけのガイドブックを読んでいた。翌日は朝から有名な夢のテーマ―パークで一日遊ぶことになっており、彼女はそれがよっぽど楽しみなのか、ガイドブックを読みながらテーマ―パークで流れるあの歌を笑顔で口ずさんでいた。五センチほど宙に浮きながら。
 隣のベッドで横になりながら浮いている彼女の笑顔を見ているだけで私は幸せだった。こんな幸せがこれからも続けば、どんなに楽しい人生になるだろうか。私はそう考えながら眠ってしまった。
 コツンと何かが私の顔に当たって、私は痛みで目が覚めた。
 状況がよく理解できず、とりあえず私は体を起こして部屋中を見渡した。カーテンは閉められたままで、テレビではちょうど夜十一時のニュースが流れていた。長く眠っていたと感じていたが、あれから一時間しか経っていなかった。
「春香って誰よ!」
 彼女の声がした。しかし、隣のベッドには先程まで浮いていた彼女の姿はなかった。
「はるか?」
 私は何のことか分からず、寝ぼけながら答えた。
「とぼけないでよ!」
 声は天井から聞こえたので、私は天井を見上げた。それまで十センチまでしか浮くことができなかった彼女が天井を背に、張り付くように浮かび、鬼のような形相で腕を組んで私を見下ろしていた。
「高く、浮けるようになったんだね」
 未だに事態を飲み込めていない私は呑気な質問をしてしまった。
「そんなことどうでもいい! 早く答えて!」
 彼女が吠えた瞬間、テーブルに置いてあったポテトチップスの袋が私の顔に直撃した。
「もしかして、これって君の力?」
「そうよ。他の物も動かせるようになったの」
「浮くだけでなく、動かせるんだね」
「いいから! 早く!」
 今度はミネラルウォーターのペットボトルが私の顔を目がけて飛んできた。飛んでくるスピードはそれほど速くはなかったので、私はなんとか避けることができた。当たっていれば、かなり痛かっただろうが、今思えば避けずに当たるべきだったと後悔している。
「女友達だよ」
「なんで女友達に愛しているとか言っているのよ!」
「もしかして、スマホ見た?」
「通知音が何度も鳴っているのに、起きないから」
「だからって勝手に見たら駄目だよ」
「うるさい! この浮気者!」
 その時、彼女の怒りが頂点に達したらしく、部屋中の物が浮かび出し、私も天井に叩きつけられた。
 あの夜、私だけでなく、世界中の物が宙に浮き、その日を境に地球から重力がなくなってしまった。これがグラビティ・ゼロと呼ばれた、あの日起きたことの一部始終である。
 言い訳になってしまうと思うが、私の浮気が、まさかこんな事態を引き起こすことになるとは思ってもいなかった。謝って済むことではないが、本当に申し訳ないと思っている。
 そして、もう一つ謝らなければならないことがある。あれから三年、我々人類が無重力生活になれた今、また新たな危機が訪れていることについてだ。
 現在、私には新しい彼女がいるのだが、その女性も機嫌が悪くなると天気を曇りにしてしまう超能力を持っている。察しのいい人ならお分かりだろうが、私は新しい彼女がいるにも関わらず、また他の女性に浮気してしまったのだ。
 いやいや、本当に申し訳ない。私の心がいつも浮ついているせいで、こんな事態を招いてしまって。まさか天気を操る彼女の能力が暴走して地球に氷河期が来てしまうなんて……。


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