1. トップページ
  2. 私と世界の境界線

夢野そらさん

過ぎた青春を小説で補う。そんなつもりで書いてます。

性別 女性
将来の夢
座右の銘

投稿済みの作品

0

私と世界の境界線

18/05/22 コンテスト(テーマ):第156回 時空モノガタリ文学賞 【 浮遊 】 コメント:0件 夢野そら 閲覧数:318

この作品を評価する

まだ仄暗い午前5時前。家族に気づかれないように家を出て、私は森を駆けていた。右手に携えたほうきと共に。肌に冷たい風を感じながら、木々の間を走り抜ける。もうすぐ日の出。今日こそいけるかもしれない。森を抜けて小さな丘のてっぺんに着いたとき、私は、とんだ。


とんだ、飛んだつもりだったんです。本当に、今日こそ成功すると思ったんです。でもとんですぐに、しりもちをついて野原に寝っ転がってしまったんです。私はまた、跳んだだけだったみたいです。
誰に言うわけでもなく、心の中で言い訳のような、反省のような言葉を並べる。

「お前、また浮けなかったのかよ」
「なに?!」
真上からの声に驚いて目を開けると、いたずらっぽい笑みを浮かべた少年が私のことを覗き込んでいた。
「まだできないなんてセンスねえよな〜」
「うるさいなあ!がんばってるんだから!」
「じゃあこんな風にやってみろよ」
エルはそう言うと、転がっていたほうきを拾い上げて跨いだ。茶色くて少し癖のついた髪がふっと揺れる。すると、だんだんほうきと彼が軽くなったように浮かんでくる。彼がほうきを握る手を持ち替えた瞬間、彼は天高く浮かび上がり、悠々と空を飛んでいた。
でも地に縛られている私は、飛び回る彼を見つめることしかできなくて、悔しくて、彼よりもっと遠くの空を眺めた。

「もう学校いくよー!」
絞り出した声は、彼には届いていなかった。


結局、この日はエルを放って登校した。遅刻したエルはいつも通り先生に怒られていて、ちょっとだけいい気分だ。
座学は私の圧勝なのに、先月から始まった飛行演習はエルがクラスで1番の実力をもつ。私の心意気は誰にも負けてないはず、でもそれだけでは私はダメらしい。そう悟って1週間前から朝練を始めたけれど、全然上達しない。おまけになぜか毎朝エルに絡まれるし、散々だ。


放課後の再々テストをすっぽかして、またいつもの丘で暇つぶし。飛べないのに受けたって意味ないもん。次回に向けて自主練します。
ほうきをまたいでリラックス。意識は集中。遠ざかる鳥の鳴き声、風が木の葉を揺らす音、夕日がゆっくり沈んでく様子。周りの空間全てが自分と一体化したようなこの感じ。私は空気になったんだ。自分自身と他との境目が、だんだんわからなくなっていく。

はっと目を見開くと、眼下には思い描いていた世界があった。木々の上を、鳥達と同じ高さで飛んでいた。想像より、ずっと気持ちがいい。ただ1つだけ予想外だったのは、私1人ではないということ。私はエルの後ろでほうきに座っていた。
「起きたか」
「どういう状況?!」
「お前にほうきを返すのを忘れてて、放課後教室に行ったらお前が寝てたから、ついでに送ってやろうと思ったんだよ。感謝しろよ」
「あ、ありがとう…。よく私乗せて飛べたね」
2人で飛ぶなんて、容易にできることじゃないはずだ。それをこんなにあっさりするなんて。
「別に。お前が重くて浮かねえんじゃないかと思ったけどな。おっと、暴れんなって!」
そうだった、エルはこういうやつだった。感心した私の気持ちを返してほしい。
でもエルがいなかったら今頃見回りの先生にこっぴどく叱られてたかもしれない。そこは感謝しないとね。

「ねえ」
「どうした」
「私、なんで飛べないんだろう。こんなに練習してるのに。やっぱりセンスがないのかなあ」
今朝エルに言われた言葉を思い出し、俯きながら呟いた。

「浮くんだよ」

少しの沈黙の後、まっすぐ前を見たままエルが言った。その夜の彼の背中は、いつもより大人に見えた。



翌朝、午前5時。いてもたってもいられなくて、また家を飛び出した。もちろんほうきと一緒に。走りながら、あいつの言葉の真意を考える。浮く、浮く、浮く…。
飛ぶのと何が違うんだろう。
夢の中の感覚を思い出す。ふわっと浮かび上がるあの感じ。自分と世界の境界線がなくなる、あの感覚。

そうか。

丘でほうきを跨ぎ、静かに目を閉じた。周りの空気に身を任せる。一瞬、自分の重さがなくなったかと思うと、地面が足から離れた。
私は難しく考えすぎていたんだ。空を自由に飛ぶなんて、はじめからできるわけがない。もっと簡単に、ただ浮くだけでいい。そんな単純で当たり前なことに、私は気づけていなかった。
浮いた後は、ほうきと風が、私の行きたい方へ導いてくれる。私はただ浮いているだけでいい。心も身体も、無駄なものは取っ払って、純粋な状態でいたらいいだけ。

ふと下を見ると、エルが私を見上げていた。表情はよく見えないけれど、多分いつもの意地悪そうな笑顔で、「やっと気づいたか」なんて思ってるんだろう。だけど今はムカつかない。今の私は、軽くて心地のいい感情しか持ち合わせていないから。
私はありがとうと叫んだ。聞こえていなくったって、想いがしっかり届くように。


コメント・評価を投稿する

コメントの投稿するにはログインしてください。
コメントを入力してください。

このストーリーに関するコメント

ログイン