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浅縹ろゐかさん

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赤い風船

18/05/21 コンテスト(テーマ):第156回 時空モノガタリ文学賞 【 浮遊 】 コメント:0件  浅縹ろゐか 閲覧数:213

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 赤い風船に手紙と花の種を同封して飛ばすということを、小学生の頃に何度かやったことがある。海に手紙を入れた瓶を流すのに憧れたのだが、私が住んでいる地域には海はなかった。苦肉の策で思いついたのが、風船で代替させることだったのだ。
『この花のたねを、うめてください』
 確かこのような手紙とも呼べないような、紙を風船に括りつけていた。あまり重いと遠くまで風船が飛ばないだろう、ということは分かっていたのでなるべく軽くしたのだ。花の種は、自宅の庭の花や学校で育てた花から調達をしていた。小学生のときにプランターで朝顔を育てていたので、その種を同封することが一番多かった。向日葵やコスモスの種も同封したことがある。その手紙が果たして誰かの手元に届いたのかどうか、私には知る由がなかった。どこかで私が同封した花の種が芽吹いて、花を咲かせているのをいつも夢見ていた。それを見ることができるだろう、とも思っていた。子供だから遠くには行けないけれど、大人になったらいつか見に行けると自信を持っていたのである。
 私は大学進学と同時に地元を離れて、上京した。その頃にはすっかり花の種のことは、忘れていた。バイトやサークルや、友達や恋人など、私の生活を彩るものは一気に変わっていった。私はそれが大人になれたかのように感じて、とても嬉しかったのである。実家の両親への連絡も、あまりしなくなっていた。
「子供の頃、どんな遊びしてた?」
 そんな話題がサークルの飲み会で出た。リトルリーグで野球をしていた子や、海に行っていた子や、塾帰りの買い食いが楽しみだった子や、色々いた。私にとっては、どれも素敵だなと思えることだった。そのときになって私は、風船に手紙と花の種を同封して飛ばしていたことを思い出したのだ。
「まなみは?」
「うーん、部活してたかな」
 私は咄嗟に嘘を吐いてしまった。みんなのしていたことに比べると、私のしていた遊びはとても幼稚に感じられたからだ。大して打ち込みもしていなかった部活のことを、私は熱心にしていたかのように語る。大人になると、嘘を吐くのも容易なのだなと感じた。私はあまり嘘が上手ではないけれど、ここに私の子供の頃を知る人は誰もいないのだ。
「ナベは?」
 話しを振られたナベは端に座り、ハイボールをちびちび飲んでいる大人しい男子学生である。眼鏡の向こうの目はいつも眠たそうだ。何かを思い出しているのか、ナベは暫く空を眺める。
「風船拾ってた」
「はぁ? ナニソレ?」
 言っている意味が分からないといった周囲の反応とは対照的に、私は大きく心臓が跳ねた。まさか、と思い話の続きを大人しく待つ。
「偶にさ、風船が近所に落ちてたんだよ。手紙と花の種があって、その種を埋めてた。差出人は今も分からないんだけどなあ」
 ぼそぼそと話を続けるのを聞き、間違いなく私が出した風船だろうと確信した。私は自分の名前は書かなかったが、いつも手紙をつけるのは忘れなかったのだ。
「ナベってメルヘンな少年だったんだね」
 楽しそうに笑うみんなにつられて、私も笑みを浮かべる。私が飛ばした風船のうち、幾つかはナベの元へと届いていたらしい。全てが届いた訳ではないだろうけれど、それでも充分だ。私は自分が飛ばした花の種のその後を、見ることができるかもしれない。
 飲み会も終わり、終電が近くなったので駅でみんなと別れた。帰りの方向が同じだったナベと共に、最終電車の到着をホームで待つ。眠そうに欠伸をしているナベに、私は声を掛けた。
「ねえ、拾ってた風船って赤色?」
「……なんで知ってんの」
 驚いた様子のナベは、瞬きを繰り返してこちらを見る。最終電車のアナウンスがホームに響く。
「その風船、私が飛ばしてた。今から十年前位。……みんなには、内緒ね」
 ナベは暫く呆けていた。私が言ったことが信じられないのかもしれない。
「凄い偶然だ……。今度、見に行く?」
「え?」
「俺、結構頑張って育てたんだ」
 照れ臭そうにナベが答えると同時に、ホームへ列車が滑り込む。混雑した電車の中、私達は二人並んで吊革に掴まった。
「……見たいな」
「うん、分かった」
 短い言葉のやり取りだったが、それで充分だった。電車の窓ガラス越しにナベと目が合った。
「名前、書いてくれればよかったのに」
「あはは、そうだね」
 ナベの尤もな言葉に私は、苦笑するしかなかった。肩が触れそうな距離にいるナベのことを、妙に意識してしまう自分がいることに、私は少し驚いていた。真っ暗な窓ガラスを眺めながら、ナベが育ててくれたのはどの花の種だろうかと空想を始める。私が忘れていたことでも、ナベはずっと覚えていて大切にしていてくれたのだと思うと、とても素敵で幸せなことのように感じた。電車の中吊りに、赤い風船があり、あの日風船を飛ばしたときの気持ちを思い出した。


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