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KOUICHI YOSHIOKAさん

性別 男性
将来の夢
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浮遊日和

18/05/09 コンテスト(テーマ):第156回 時空モノガタリ文学賞 【 浮遊 】 コメント:0件 KOUICHI YOSHIOKA 閲覧数:455

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「今日は天気もよく浮遊日和ですな」
「湿度が50%以下になると浮遊もしやすくって気持ちがいいわね」
 ドーナツ屋の店先でスーツ姿の男と女がプカプカ浮かびながら話をしていた。
「湿度が50%を超えると、ほんと浮遊しにくいですからな。地に足をつけて歩くなんて不潔なことしたくないし」
「そうですね。足をつけて歩くなんて野蛮人のすることですから」
 帰るまで我慢ができないのか、男は紙袋からドーナツを一つ取りだすと半分に割って口に入れた。残りの半分を女に渡すと、女は微笑んで礼を言いドーナツを小さくかじった。
 ドーナツ屋のなかの客は皆、宙に浮かびながらコーヒーを飲んだり、ドーナツを食べたりしている。
 一歩店の外に出ると道に足をついて歩いている人は一人もなく、誰もがこの男と女と同じようにプカプカと浮かんだり、宙を泳いでいたりしている。ありふれた日常の風景だが、こんな天気のよい日は浮遊している人も多い。
「そういえば何万年も昔、人間は地面に足をついて歩いていたそうです」
「まあ、なんて不潔な。そういえば学校で歴史の時間に習ったような記憶がありますわ」
 頭の上を影が横切ったので、ふたりは空を見上げると肥えた女学生が宙を泳ぎながら街の方へと向かっていた。
「若い人はいいですな。あんなにも軽々と高い場所に浮遊していられるのですから」
「ええ、わたしも若い頃は高い場所を浮遊するのが好きでした」
「それはさぞ素敵だったんでしょうな。あ、いや失礼、いまでも充分若くて、浮遊する姿も美しいですぞ」
「ありがとうございます。これでも若さを保つために浮遊ヨガに通っていますのよ」
「なるほど、なるほど」
 男は女の機嫌をとるように頷くと、食べかけのドーナツを口に放り込んだ。
 ドーナツ屋のドアが開くと中からよく日に焼けた痩せた青年が出てきた。
 男と女は思わず息を飲んで固まってしまった。青年は地に足をつけているではないか。浮遊していない若い人間を見るのははじめてだった。
「汚い!」
 女は眉をしかめ唾を吐き出しそうな勢いで言った。
 青年は浮遊している女を見上げると無反応に立ち去ろうとしたが、それを男が呼び止めた。
「君、地に足をつけて歩くなんて不衛生ではないかね。レディに不愉快なおもいをさせないでくれるかね」
「ぼくは浮遊できないんです」
 男と女は顔を見合わせた。
「失礼した。そんな重い病気があるなんて知らなかったものだから」
「いえ、病気ではありません。健康には問題はありません。元気ですから」
「なに、健康なのに浮遊ができないだと」
 気味が悪いものを見るような目で見ると、男は眉をしかめ急に怒鳴りはじめた。
「理由はわからないが、外に出るときは地面に足がつかないように工夫するべきではないかね。人を不愉快にさせることは慎むべきだ」
「すみません」
 青年は顔を真っ赤にし、手を震わせ怒りをこらえるようにしながら頭をさげた。
 こういったことを言われるのには慣れているのだろう。反論もせず泣きもせず、青年はただ耐えている。
「はやく目の前から消えてくれ。汚いんだから」
 男が吐き捨てるように言うと、青年は顔を隠しながら駆けだした。
 浮遊している人が地に足をつけている青年を見つけては、指をさして唾を吐きかけたり拳を振り上げたりしている。
「嫌なものを見てしまいましたね」
「ほんと、こんな浮遊日和に地に足をつくモノに出会うなんて」
 見上げれば遙か高い位置を学校帰りの子供達が勢いよく泳いでいる。元気な笑い声が空から降ってくる。
 男は周りの目を気にするように女の手を握ると「行かないか」と囁いた。
 どこに、と言わなくても女には通じたようで、照れるように頷くと女は少しだけ高く撥ねるように浮遊した。
 杖をついた老人がよろよろと近づいてきた。スーツ姿の男と女を目指してというよりは、ただ前に進んでいるといった感じだった。老人も地に足をついている。
「ああ、可哀想にもうじきか」
「亡くなるのね。地に足をついたときは死ぬときですからね。天寿を全うされたんですね」
 哀れんだ目で見ているふたりの側まできた老人は膝をつき前のめりに倒れた。体全体を地面につけ息を引き取った。
「私たちもこうやって地面に伏して死ぬんでしょうね」
「大往生だ。めでたいことじゃないか」
 見渡せばあたり一面、死体が横たわっている。腐り、骨になった肉体が街のいたるところに溢れている。
 浮遊生活を送る人間には地上は墓場だ。人類九千億人の世界で埋葬する土地など余っていない。
「ほんと、今日は浮遊日和ですね」
「ええ、気持ちのよい湿度ですこと」
「そろそろ行きましょうか」
「はい」
 ふたりは死んだ老人に足の裏を向けて、空の上に向かって泳いでいった。
 紫色の太陽の光がとても心地よかった。


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