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黄間友香さん

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浮き上がる時間

18/05/09 コンテスト(テーマ):第156回 時空モノガタリ文学賞 【 浮遊 】 コメント:0件 黄間友香 閲覧数:316

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 高校の頃、彼女はクラスの中で浮いていた。容姿はどちらかというと素朴な感じで、物語に出てくるミステリアスな女性には程遠かった。でも、皆どこか彼女を遠巻きに見ていた。彼女の方も年頃の女子が喋るのに興味がないのか、皆の会話に入ることは稀だった。代わりにいつも窓際の席に座って長い髪を耳にかけ、ぼんやりと外を眺めていたのを覚えている。友人が一人か二人いたような気もするけれど、その人たちとも学校で話すぐらいで、ぐっと仲の良いわけではない。どこかで見えない壁を常に感じさせるような女の子だった。
 同じ制服を着て同じクラスにいて、同じものを享受しているのに、どこか別次元にいるように見える。それと同時に彼女の異質さはきっと、学校という小さなものの、さらに小さな区分であるクラスの中だからだとも思っていた。ただの田舎の公立高校だから、他の子達より大人な彼女が少しまばゆいのだと。

 けれどもどうやらそうでもないらしく、久しぶりに雑踏で見かけた彼女はそこでも浮いていた。通勤ラッシュの渦中でも難なく分かる。彼女は早足で道行く人とは全く違う時間を過ごしていた。川の流れに負けずとどまっている小石のように、他のゆっくりと歩いている。そんな彼女はやっぱり浮いていた。
 信号を渡りきった後に思い切って話しかけてみると、誰? と訝しげに聞かれる。怪しいものではなく、同級生だと弁明したら、どこかまだ合点の言ってない様子ではあったけれども、久しぶりねと返してくれた。切れ長の目が僕のことを上から下までゆっくりと眺め回す。
「ここの近くの大学なの?」
 僕はそう尋ねた。
「大学には行ってないわ」
「じゃあ仕事?」
「仕事も今日はお休み」
「誰かと待ち合わせ?」
「一人よ」
 まるで僕が的外れなことを言っているようだ。
「じゃあ、どうしてここにいるの?」
 他に何があるのか分からなくて丸投げすると、彼女は首を傾げて
「歩いていたらここにやってきたの」
 と言った。いけない? と訊かれて、いけなくはないけど、と僕は情けなくも口を濁してしまう。いけないことじゃない。けど普通、通勤でぐらいしか使わない駅前の雑踏に歩いてきたら、何かをするためと思うのが妥当だろう。
「運動……とか?」
 違うと分かっているのに、ついついまだ彼女の来た理由を考えてしまう。でもこれも多分外れ。彼女の格好は明らかにスポーツウェアではなく、むしろその真逆。オフホワイトのワンピースにサンダルというヴァカンスに行く人のような格好だった。彼女も少し呆れたように僕を見る。
「いいえ、違うわよ。運動はあまり得意ではないし、もしもそうだったらこの時間帯は避けるわね」
「じゃあ、本当に歩いてただけ?」
 彼女は また、いけない? と少し笑った。ビル風がふわりと彼女の長い髪を撫でる。
 ただあてもなく歩くことはいけないことだろうか。答えは否だ。でも、僕はいつも目的地があって歩いているわけで、そうでもないのにぶらぶらとすることはあまりない。何かをしていないと腑に落ちない性分なんだと思う。
「僕だったら、こんなところわざわざ来ないなと思っただけ」
「そうね、普通はね」
 普通はね、という言葉が響いた。彼女はどこか浮世離れしていて普通ではない。雰囲気がミステリアスなわけでも、奇抜な格好をしている訳でもない。でも彼女は他の人とは違う。
「でも、いいものよ。何も考えずに歩くのは」
 それはきっと、彼女の見るものやすることに目的がないからだ。彼女の全ての行動は、俗に言う時間を余して弄んでいるようなものなのだろう。
 人は忙しい。高校の時、皆同じ話題を共有するのに必死だった。彼女は忙しくなく、目的もなくただぼんやりと外を眺めていた。だから僕らとは少しだけ違うように見えたのだ。
 今だってそうだ。都会は特に、流れに沿って各々の目的地にただ移動する手段として歩く。でも、彼女はコンクリートを踏みしめることを楽しむために歩く。
 たまにはこんな風に歩くのもいいのかもしれない。
「そうだね、今度やってみようかな」
 僕は彼女のあてのない旅を邪魔しないように、それからすぐに別れた。


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