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汐月夜空さん

切ない話が好きな空想好きです。 なんでもない日常がなんでもある日常に変わる物語を読んだり書いたりするのが特に好きです。 ブログの方でも小説やエッセイ、ネタなどを書いておりますので、よければどうぞ。 twitterの方は私生活も含めて好き放題呟いてますので、汐月夜空のことが気になる方フォローお願いします。 ブログ:http://ameblo.jp/shiotsuki-yozora/ twitter:https://twitter.com/YozoraShiotsuki

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自分だけに出来ること

12/12/31 コンテスト(テーマ):【 喫茶店 】 コメント:2件 汐月夜空 閲覧数:1921

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 カランカランッ。
「あれ、ナツミさん。今日はマスター居ないの?」
 雪の積もる白銀の世界から、明るい鈴の音を聞いてほんわかと暖かい店内へ入ると、いつも若いマスターが立っているカウンターの中に常連のナツミの姿があった。
「サカキか。いつも当店を利用してくれてありがとう。あいつなら営業に行ってるよ。私は留守番だ」
 読みかけの本を閉じて、こちらに向かって微笑みかけるナツミ。その言葉を聞いて、マスターと彼女が結婚したことを思い出す。なるほど、それならカウンターの中に彼女が立っていてもおかしくはない。
「営業って、マスターが営業するなんて珍しいね。どこに行ったの?」
「ノゾミホールだよ。前の道を左に折れてまっすぐ行った先の」
 言われて道のりを思い出し、たどり着いた先は文化館だった。たまに芸能人が来て道が混むとき以外は芸術に興味のない私には存在すらも意識しない場所だ。
「そりゃまた一体何をしに?」
「サックスを吹きに」
「へ?」
 思いがけない言葉に首を傾げる私。
「だから、サックスを吹きに行ったんだ。報酬は当店の折り込みチラシだけ。いわゆるボランティアコンサートってやつだな」
「へえ。マスターってサックスなんて吹けるんだ?」
「ああ。それもかなりのレベルだ。ところでサカキさん、いつもので良いかな?」
 彼女は言いながらお湯が上ったサイフォンを手際よくかき混ぜた。途端に芳しい香りが辺りに漂い始める。
「うん。随分、手慣れてるね」
「まあ、私もそれなりに特訓はつんできているからな。ほら、コーヒーとガトーショコラだ」
「ありがとう」
 ことり、と置かれたそれらを眺める。香りも見た目もマスターのものと遜色ない。一口ずつ味わってみても、勝るとも劣らぬ出来だった。
「どうかな?」
 眼鏡の奥に戸惑いを浮かべ、頬をかきながら尋ねるナツミ。その仕草にどきりとしながら、私は「美味しいよ」と答えた。
「良かった。これからは妻として、あいつの味に負けるわけにはいかないからな」
 ほう、っと息を吐いて微笑むナツミ。いかに彼女と言えども、いつものように自信満々とはいかないようだ。
「良い嫁さんだねナツミさんは。しかし、マスターもいろいろやってるね。このアンブレラカフェのマスターだけでも大変そうなのに、サックスまでやってるなんて」
 私は今一度辺りを見回して思わず息を飲んだ。所狭しと並んだレンタル傘たち。骨の数も柄の材質も色も一つとして同じものがない。これらをただ購入して並べるだけでも大変なのに、マスターはこれらの修理も並行して行う。その思い入れは一体どこからきているのだろう。
「ありがとう。ま、あいつがいろいろやってるのには理由があるんだ」
「理由が?」
「そう。あいつにとってサックスも傘も同列だ。あいつは自分だけに出来ることをしたかったんだ。サカキは、あいつがなんでマスターって言われるか知ってるか?」
「いや」
 言われてみればまったく考えたこともなかった。喫茶店の店主だからマスター。それが当たり前だと思っていたから。
「あいつの名前は主人って書いて、アルトって言うんだ。サクソフォン奏者の父親がつけた名だそうでね。あいつはそれをあまり好きじゃない。だから、マスターと名乗っている。……おっと、これを話したことはあいつには秘密にしておいてくれよ。私が怒られる」
「ああ、もちろん。アルト、ねえ。サックスが吹けるのは父親の英才教育が原因とか?」
「そうだ。あいつに拒否権なんかなかった。小さい時から、それはつらい練習だったらしい。しかし、残念なことにあいつには才能がなかったらしい」
「そうなのかい?」
「ま、ないとは言っても、あくまで上位プロの間ではの話だが。あるところまで伸びて、名前も売れ始めたところで父親から急に切り離されたそうだ。お前にはサックスが向かないから、と」
「それは随分と身勝手な話だね」
「だろ? でも、私も、そしてあいつも、そのことを憎んじゃいない。むしろ、感謝しているくらいさ。私はあいつに出会えたし、あいつも私に出会えた」
「はは、のろけかい?」
「はは、違うよ。ただの事実さ。それに、あいつはサックスの道が閉ざされたわけじゃない。自分で選んでそこから降りたんだ。そして、祖父が経営していたこの店を継いだ。選択肢が広がったんだ」
「へえ。その頃からもう傘があったのかい?」
「いや、傘を取り入れたのはあいつだよ。なんでもよかったそうだ。誰かの後を継ぐなんてまっぴらごめんで、自分で決めて、自分だけしか出来ないことをやろうって、そう思ったらしい。その結果が、人を守る傘なのがあいつらしいとは思うけどね」
 彼女は微笑んで続ける。
「とにかくね。私は出来ることを精一杯するあいつの力であれるように、出来ることはサポートし応援していきたいと思っているよ」


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このストーリーに関するコメント

13/01/01 草愛やし美

汐月夜空さん、拝読しました。

おお! これはこの間のコーヒー「心の味」の続編ですね。そっか一緒になれれたんですね、眼鏡美人さん。いい味の出た喫茶店になっていることでしょうね。

13/01/02 汐月夜空

草藍さん、いつもありがとうございます!
そして、あけましておめでとうございます。今年もよろしくお願いします。

時間がなかったので続編で書きました。いつもより会話文が多いのも同じ理由です汗
二人が一緒になったところを想像するのはとても楽しい作業でした。
また、私自身就職活動をしていて思うこと。『自分で出来ることを精一杯すること。一つの分野に特化するのではなく、複数の分野で頑張れば、それは十分オンリーワンであること』をテーマにしてみました。
ナツミもアルトもオンリーワン、いえ、オンリーツーで頑張ってほしいところです。
私自身この店に行ってみたいと思いながら書いています。きっと美味しいでしょうね〜♪

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