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アシタバさん

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風船はつながれている

18/05/06 コンテスト(テーマ):第156回 時空モノガタリ文学賞 【 浮遊 】 コメント:1件 アシタバ 閲覧数:283

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弟(現在)
 引越しをするにあたって、荷物を整理していたところ、押し入れの奥から古い写真を見つけ出す。俺と姉が二人並んでいる写真だった。こんなところにまだ残っていたのか、と少なからず驚いた。すべて捨てた筈だった。両親を事故で亡くし、叔父夫婦に引き取られた直後に撮影したもので、この時は姉がいなくなるなんて思いもしなかった。
 叔父夫婦は両親を失った俺達姉弟の親戚縁者として、最低限の責務を果たすだけの淡々とした人達だ。そして叔父夫婦の家は田舎だったため学校の同級生たちは、都会からやってきた俺達姉弟に対してよそ者を排除するという考えのもと、冷たい敵愾心を露わにしていた。そんな環境だから気を許せるのは姉だけとなり姉弟二人身を寄せ合うように生きていたのだ。俺の唯一の希望はいつか姉とここを抜け出して、誰にも気兼ねしない新しい人生を送ることだけだった。
 しかし、姉は高校生になると言動がおかしくなっていった。今までの心労が積み重なり精神に影響したのかもしれない。空を見上げながら「まだ駄目、まだ駄目」と意味の解らないことを呟くのだ。「ここから逃げたい」とも言っていた。相変わらず友人と呼べる存在はおらず、本ばかり読んでいた姉だった。
 姉の姿に胸が締めつけられる想いだったが、俺がショックを受けたのは姉が俺のことを露骨に避け始めたことだった。まるで俺が空気になったかのような態度をとるのだ。今まで二人で頑張ってきたのに、一体どうして、と思い詰める日々を送った。しかし、その度に「今は気を病んでいるだけだ、きっとまた以前の姉にもどってくれる」と自身に何度も言って聞かせた。
 だが、淡い期待は打ち砕かれた。
 姉は消えた。小学生だった俺を置き去りにして、そして、数日後、ここから少し離れた街で飛び降り自殺をした女の子がいる、と警察から報せがきた。
 それ以来、俺は姉を心から消し去ろうと決めた。

姉(過去)
「まだ駄目か」
 叔父夫婦の家の庭先で空に手を伸ばすが何も起きなかった。まだ繋がっていて断ち切れないのだと悟った。弟が家のなかから私のことを不安げに見つめている。この子のことを見捨てる覚悟がない限り、きっと空には浮かべないのだろう。
 人はもともと空に浮かぶ生き物である。ただ人には他者との繋がりや成し遂げる使命があるから大地に繋ぎとめられるのだ、と古本屋で見つけた本にはそう記されていた。それはいつ書かれたのか、何が目的で書かれたのか、著者がどこまで本気だったのか、わからないものだった。恐らく作者の頭はおかしくて、ちょうど今の私のようだったのだろう、彼も私もこんな妄想を信じるくらいにおかしい人間なのだ。そう思いながらも、私は全てがどうでも良くなっていて、人の手を離れた風船のように、あの青空のさらに上の星空まで行ってみたいと願っていた。
 ただ一点、弟のことだけが今も私をここに繋ぎとめている。

 しわくちゃに乱れた制服を直しもせず夕暮れ時の家路を歩く。また同級生たちに酷い目にあわされた。
 どうして、そっとしておいてくれないのだろう? 私の存在が目障りだと誰かが言っていたが本当に私が人の目に余る存在だったとしたら、この先どこへ行っても、結局同じことの繰り返しになるだろう。そんなの
「もう嫌だ」
 唐突にローファーの靴先が地面から離れた。身体がフワフワと浮かんでいく。すると通い馴れた通学路や町並みがみるみる小さくなっていき、風に流されながらも、とうとう雲と同じ高さに到達した。とても寒かったが「これでやっと行ける」と暗い喜びが胸に溢れた。
 しかし、弟の顔がすぐ頭に浮かんだ。
 その瞬間、忘れていた重力が蘇る。まるで地面から手が伸びてきて空から引きずり下ろされるような感覚、勢いはどんどん増していった。
 落ちていく。きっと助からない。
 その最中に私は、人はそう簡単に人との繋がりを断ち切ることは出来ないのだという痛感と弟への謝罪、そして、幸せになって欲しいという祈りを、矢継ぎ早に胸に宿していった。夕焼け色の千切れ雲が瞳に映る。
 そして――

弟(現在)
 引越し作業をすべて終え、叔父夫婦の家から歩いて駅に着いた。駅に設置されているゴミ箱が目に入り、ポケットに姉との写真が入っていることを思い出す。
 丸めて捨ててしまおうか?
 真昼の静かすぎる駅構内で足を止めると、ノスタルジーの海に飛び込んだような気がした。姉と二人で過ごした鮮やかな記憶だった。
 ごみ箱の前を素通りし、吹き出た記憶を丁寧にしまって、電車に飛び込み、新しい住処を目指す。
 捨てなかったな。
 人はそう簡単に人との繋がりを断ち切ることは出来ないのだろう、という考えが頭にふと浮かんだが、電車が走り出して頭が軽く揺れると、脳細胞に溶け込んだかのように、浮かんだ考えは穏やかに消えていくのだった。


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このストーリーに関するコメント

18/05/09 文月めぐ

拝読いたしました。
弟の視点、姉の視点、それぞれの想いが描かれていることが良かったです。
人との関係って断ち切れませんよね。写真を捨てようか迷っているシーン、リアリティがありました。

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