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若早称平さん

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浮かばれぬ浮遊霊

18/05/05 コンテスト(テーマ):第156回 時空モノガタリ文学賞 【 浮遊 】 コメント:1件 若早称平 閲覧数:269

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 あっと思った時にはすでに体は宙に浮いていた。アドレナリンのせいなのか、こういう時周りがスローモーションに見えるというのは本当のことのようだ。恐怖なのか驚愕なのか分からないが私を轢いた車の運転手が目と口を大きく広げている様や、後ずさる歩行者や、久しぶりに厚い雲が晴れた青空を、私はわりと冷静に観察していた。地面に着く前にしっかりと走馬灯も浮かび、「ああ、ここで死ぬんだな」とまるで他人事のような感覚で覚悟を決め、私はゆっくりと目を閉じた。

 目を覚ますと真っ白な天井が映った。ここが天国ではないことを教えてくれたのはピッピッという心電図の音と、私の名前を呼ぶ両親の声だった。私はすぐにでもその声に応えようとした。体を起こし、私は生きてるよと、心配をかけてごめんねと、涙目の両親と抱き合いたかった。
 ところがどうにもこうにも体が言うことを聞かない。全身が麻痺したように動かず、声を発することもできない。途切れそうになる意識の中でなんとか動かせたのは眼球くらいだった。それでも最新の医療は私の意識が戻っていることを両親に伝えてくれたらしく、安堵した両親が横臥する私を抱擁する。その涙が私の頬を暖かく濡らした。……気がした。なんせ感覚がないのだから、想像だ。


 目を覚ましてから一ヶ月が経ち、指先くらいなら僅かに動かせるようになった。順調に快復していると医者が言っていた。その間色々な人達が私を襲った不幸な出来事の後日談やサイドストーリーを話してくれる。しかし私が一番知りたいことを説明してくれるものは誰もいなかった。この病室の入り口の辺りにふわふわと浮かんでいる、あの男は何者なのかということを。
 初めて彼を見たのは私のベッドがリクライニングされて視界が変わった時だった。花を生ける母のその背後に青白い顔があった。「誰だろう?」最初はそう思った。しばらくその男をぼんやりと見つめ続けて、「何だろう?」に疑問は切り替わった。視界が限られているせいで下半身は見えないが、男は明らかに宙に浮いていた。病室の片隅で浮遊する青白い顔なんて幽霊以外ありえるだろうか?

 始めから不思議と恐怖は感じなかったのはおそらく男がそこにいることがあまりにも自然だったからだろう。霊感のない私の拙い知識では幽霊というのは消えたり現れたりするものだという認識だったが、男は四六時中そこにいた。そこにいて所在無さげな視線を時々私の方へ向ける。どこかで見たことのある顔だなとずっと考えていたが、会社帰りにお見舞いへ立ち寄った父の話を聞いてその正体がわかった。私を轢いた車の運転手だった。
 父の話では、男は私を轢く直前にハンドルを切っていて、そのままガードレールに突っ込んで私が目を覚ます少し前に同じ病院で亡くなったらしい。それを聞いて改めて浮かぶ男の顔を見てみると、確かに轢かれる直前にスローモーションで見た運転手と同一人物のようだった。
 同じ空間にいるというのに、お互い身動きのとれない私達ができる唯一のコミュニケーションは視線を交わすことだけだった。男は時折上下にふわふわと揺れる。おそらくあの辺りが男の亡くなった場所なのだろう。地縛霊というのは上下の動きはできても横の動きはできないらしい。心の中で思えばテレパシーのようなもので以心伝心できるのではないかと試みたが漫画のようにはいかなかった。
 
 幽霊とはいえ長い間同居生活を続けていると奇妙な親近感さえ覚えてくる。体を拭かれる時などは幽霊とはいえ彼も男なので見られることに抵抗はあるものの、それ以外は特に気にならなくなってきていた。きっと私が退院しても彼はあのままあの場所で浮遊し続けるのだろう。そう考えると気の毒にさえ思える。
 彼は何を考えているのだろう? 最近はそんなことをいつも考えている。私をこんな目に遭わせたことに懺悔の念があるのだろうか? 後悔があるのだろうか? 成仏できないほどの浮かばれない彼の想いを、私は動かない体のままで思い巡らせていた。


 医者の言う通り私は順調に快復し、少しづつ体を動かせるようになった。しゃべれないまでもすんなりと意思表示ができるようになった私は、外の空気を吸いたいという名目で彼に近づこうとした。ほどなくして私の願いは叶えられ、両親と医者の見守る中車椅子に乗せられる。
 ゆっくりと首を動かす。扉のそばの彼の方へ。手を伸ばせば届きそうな距離で、ゆっくりと彼の方から手を伸ばしてきた。視線が交錯した。今まで見たことのない憎悪に満ちた目。私まで手が届かないことに気付き、口惜しそうな彼の口が開く。
「お前を助けようなんて考えなければよかった。お前が死ねばよかったのに」

 半年振りに私の口から発せられたのは耳を塞ぎたくなるような醜く大きな悲鳴だった。


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このストーリーに関するコメント

18/05/08 文月めぐ

拝読いたしました。
【浮遊】というテーマで浮遊霊を題材にするという発想、私にはなかったのでおもしろいなと思いました。
タイトルが秀逸だと思います。

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