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路地裏さん

カクヨムにて短編を書いています。 少し不器用で、時に残酷で、愛しい人達の物語を綴っていきたいです。

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10年後の俺

18/05/02 コンテスト(テーマ):第156回 時空モノガタリ文学賞 【 浮遊 】 コメント:0件 路地裏 閲覧数:312

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「俺?俺はお前だよ」

午前0時。動揺を隠しきれない俺を置いてけぼりにするかのように、時計の針は規則正しく時間を刻む。

大学受験を控えた俺はいつも通り分厚い参考書と戦っていた。数学は大の苦手科目。ペンはなかなか進まない。机に置いてある時計に目をやると丁度日付けが変わった。

ズドーンッ!!

落雷のような音が真後ろで聞こえ、思わず「ひっ」と声にならない声が漏れた。恐る恐る振り向く。いつも通りのベッド。何も問題はない。

見知らぬ男が胡座をかいて宙に浮かんでいる事以外は。

石のように固まる俺を尻目に、男はフヨフヨと俺と同じ視線の高さまで降下してきた。男の顔をよく見ると、どこか見覚えのある顔をしている。男はジッと俺を見つめるばかりで、何も言わない。静かな部屋に時計の秒針の音だけが響く。

「お前、誰だ?」
沈黙を破ったのは俺だった。

「俺?俺はお前だよ。10年後の」

「は?」

「10年後の未来があまりにもつまらないから、お前に警告しに来たんだ」

「・・・はぁ」

何を言っているんだこいつは、と内心思いつつも黙って話を聞く事にした。

10年後の俺だと名乗るその男は、
「学校は楽しいか」
「母さんは元気か」
「今日の晩御飯は何だったか」
「近所の吉田のばあちゃんは相変わらずピンピンしてるか」
など他愛もない話を30分ほど繰り広げた。

これでは警告しに来たと言うより、暇潰しに様子を見に来たと言われた方がしっくりくる。

「兄ちゃんはたまには実家帰ってきてるか?」
男は相変わらずフヨフヨと浮きながら、そう言った。

「・・・兄ちゃんは死んだだろ。丁度1年前に」
10年も経つとそんな事も忘れてしまうのかと、未来の自分に不快感を覚えた。

「そうか。今日で丁度1年か」
男はあっけらかんとした表情でそう言った。ますます怒りが湧いてくる。

「俺は10年経っても絶対に忘れたりしない。お前みたいにはならない」

「だから、俺みたいにならないために警告しに来たんだろ」
男の言葉に思わず納得し、握りしめた拳を緩める。

「それ見せて」
男は俺の自習ノートを指差す。

「勉強でも教えてくれるのか?」

「そうじゃなくて、その下の原稿用紙だよ」

「・・・本当に未来の俺なんだな」
俺は観念し、渋々俺が描いている漫画の原稿を男に手渡した。

「俺ってこんな絵上手かったんだなぁ」
男は誇らしげにそう言った。俺は不覚にも少し嬉しくなった。

「お前漫画続けろよ」

「まぁ趣味の範囲でな」

「そうじゃなくて。なりたいんだろ、漫画家」

「俺は普通に大学行って、ちゃんと一般企業に就職するよ。兄ちゃんみたいにさ」

「漫画続けろよ」

「兄ちゃんみたいに、立派な大人になるんだ。周りから尊敬されて慕われて、憧れられる大人になる」

「漫画続けろって」

「うるせぇよ!俺の人生は俺が決める」

「じゃあ何でそんな悲しそうな顔してるんだよ」

ゆっくりと涙が頬を伝った。本音が目から溢れてくるようだ。

7歳離れた兄は、1年前の今日車に轢かれて亡くなった。あの日俺は漫画を描いている事を電話越しに兄に打ち明けた。兄は今から読みに行くと言い、バイクに跨がり実家に向かっていた。こんな時間に本当に来るのかと最初は疑ったが、きっと来てくれると思っていた。久々の再会に俺は胸を躍らせていた。

しかし、兄が帰って来る事は無かった。

俺があの時漫画の事を話さなければ。もう暗いから止めておけと言えたら。兄が死ぬ事は無かった。

漫画を描くのを辞めようと何度も思った。兄は俺のせいで亡くなったのに、自分がのうのうと漫画を描いている事が許せなかった。しかし辞める事は出来なかった。漫画が大好きだったから。いつか兄が俺の漫画を読みに来てくれるかもしれないと信じていたから。そんな事、あり得ないと分かっているのに。

男は不意に体を高く浮かせた。天井に頭が付きそうだ。

「俺はこの程度しか浮かぶ事が出来ないけど、お前はもっと高く浮かんで、飛べるよ。何処へだって行ける」

「人は飛べないよ、普通」

「10年も経つと人だって進化するんだよ。まぁ顔は老けるけど」

「なんだよ、それ」
俺は思わず笑ってしまった。

「お前、いい顔してるよ。自分の気持ちに正直に、やりたい事やって生きろ。お前の人生はお前にしか歩めないんだ」

「・・・分かったよ」

「そろそろ未来に帰るわ」

男はそう言うと、窓をガラッと開けた。

「帰る時の演出は派手じゃないんだな」

「まぁな」

男はそう言うと、頭がぶつからないように少し屈んで窓からフヨフヨと出て行く。

「漫画、やっと読めて良かった」

男は最後にそう言い残し、泣きそうな様子で笑顔を作ってみせた。


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