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W・アーム・スープレックスさん

性別 男性
将来の夢
座右の銘 作者はつねにぶっきらぼう

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ピンポン玉

18/05/01 コンテスト(テーマ):第156回 時空モノガタリ文学賞 【 浮遊 】 コメント:2件 W・アーム・スープレックス 閲覧数:235

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 これはぼくの高校時代の話だから、もうずいぶん昔のことになる。
 記憶はあいまいにいろあせ、当然ながら細かい部分は欠落していたが、ただひとつ、鮮明におぼえている光景があった。鴨下という生徒のひろげた手のひらから、ピンポン玉が、うかびあがったのだった。
 鴨下はあまり――というよりほとんど勉強のできない生徒で、五十名ちかくいた生徒たちのなかでワースト3にはいっただろうか。勉強はできなくても、運動神経抜群、体育の時間はヒーローといったタイプとはことなり、まったくの運動音痴で、鉄棒の逆上がりひとつできない男だった。風貌がとびぬけてイケメンで、女の子たちからもてもてといったタイプではけっしてなく、勉強、運動とおなじく、ぜんぜんさえない面をしていた。それでは同性からは慕われるかというとそれも皆無で、ではひとり教師だけが味方かというと、うてば響くような感性の持ち主の生徒ならいざしらず、うっても響くどころか湯につかったカピバラのように無反応をきめこむ彼にたいしては、教師もまた彼にたいしては冷ややかな無関心をよそおうようになっていた。
 この鴨下のいる教室には、彼の無能さをまるで穴埋めするかのように、どういうわけか秀でた能力をもった生徒たちがたくさんあつまっていた。たとえばその場でバック転をしかも連続二回転できるものもいたし、分厚い樫の板を素手で叩き割る猛者もいた。スプーン曲げの得意なやつや、ふたを貫通してコインを瓶中に落とすことのできるやつもいた。これはマジックの部類に属するが、そのじつにあざやかな手並みに、だれもが絶賛の拍手をおしまなかった。
 そしてこのぼくも、ある特殊な才能の持ち主だった。催眠術で人をたちまち眠りにおとしいれることができた。女の子たちから、友人をさくらに使ってるんじゃないのとうたがわれたので、それをいった彼女に催眠術をかけてやった。その女の子はみんなのみているまえで無意識にじぶんのスカートをたくしあげるという行為をしでかし、後でぼくは職員室によびだされてこっぴどく叱られるはめにおちいった。
 なぜ、そのときみんなは、鴨下にもなにかをやれといいだしたのか、ぼくにはいまだに不可解だった。昼休みのときのことだった。およそいいところのなにもない彼に、いったいなにができるというのだ。あるいは三拍子そろってまるでだめな彼を、さらにいじめてたのしもうというどすぐろい嗜虐性が、かれらのなかにめばえていたのかもしれなかった。
 案の定みんなは、机にへばりつくようにしてすわっている彼のあたまをつっついては、さあやれ、さあやれと、さんざんけしかけはじめた。勉強ができなくて、運動がだめで、顔もさっぱりでも、きれたらこわいというタイプでもない彼はこのときも、あちこちからつっつかれるたびに頭を右に左にゆらしながら、昼の休憩時間がおわるのを辛抱づよくまちわびているふうだった。
 なにをされてもただ甘んじるばかりの彼をみて、まわりのみんなはますますエスカレートして、ひとりが彼をプロレス技でしめつけたり、またべつのものは雑巾をもってきてさあ喰えと強要したり、それはほとんど虐待の様相をおびてきた。
 ぼくはさすがにみかねて、もうやめろとみんなをたしなめた。するとかれらのいじめの矛先がこんどはぼくにむかいだしたもようで、ふだん女の子たちから大もてのぼくにたいするやっかみもあってか、みんなでよってたかってぼくをなぐりはじめた。ぼくはやられて黙っているタイプではないので、こぶしをかためてなぐりかえすも、なにせ何人もが相手とあって、そのうちボコボコにされそうになった。そのとき、
「みせてあげる」
 誰の声かとあたりをみまわすと、鴨下が机から離れてたっていた。
「なにをみせるんだ」
 みんなは、鴨下もボコボコにしてやれとばかり、彼のほうにつめよった。
 すると鴨下は、手を胸前にあげて、手のひらをうえにむけた。そこには一個のピンポン玉がのっていた。ぼくの記憶のなかでそのピン球はまぶしいまでに白かった。と、その玉がゆっくり回転したかとおもうまもなく、ふわりと、手のひらから十センチほどうかびあがった。
 このとき彼の手は、ぴくりともうごいていなかった。ピン球がひとりでに、うかんだのだ。
 みんなも、そしてぼくも、ただあぜんとしてそれをながめていた。記憶はそこで途絶えていた。
 超能力だったのか、それとも鴨下の潜在能力があの瞬間、物理の法則をくるわせて静止している物体を宙にうかびあがらせるというありえないできごとを実現させたのか、いまなお謎のままだった。日が西からのぼり、犬が言葉を話し、さきに地面が濡れてから雨がふりだしたり、人が死んでから交通事故が起こったりしはじめたのはたしかに、彼の手からピンポン玉が浮かんでからのことだったが、本当のところはなにもわからなかった。


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このストーリーに関するコメント

18/05/04 木野 道々草

こんにちは、拝読しました。タイトルから、ピンポン玉を浮かすおもちゃを思い出して読み始めましたが、予想とは違うお話で、最後は「え、地面が濡れてから雨がふるそんな世界に!?」と驚いて読み終えました。とても面白かったです。浮遊の場面では、皆のあぜんとする表情が想像でき、突然命を吹き込まれたようなピンポン玉の描写に、私も息を飲んでその場面を読んでおりました。

18/05/05 W・アーム・スープレックス

こんにちは。ピンポン玉を動かすおもちゃというのもありましたね。手元スィッチを押すと、ピン球がポーンと浮かびあがって、向こうでまちかまえる人の同じ器具に、キャッチされるという仕掛けの――ちがっていたらごめんなさい。それも題材になりそうな気もします。この作品に関していえば、書いていてじぶんも楽しめるものでした。やはりじぶんが楽しめると、読まれた方にもそれが伝わるのかもしれません。ありがとうございました。

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