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かわ珠さん

自分の好きな作家さんの言葉のチョイス、並べ方、区切り方、リズム、テンポに少しでも近付けるような文章が書けるようになりたいです。

性別 男性
将来の夢 世界平和
座右の銘 愛は時空を超える

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浮遊症候群

18/05/01 コンテスト(テーマ):第156回 時空モノガタリ文学賞 【 浮遊 】 コメント:0件 かわ珠 閲覧数:197

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 雨が上がり、雲も去って河川敷には少し赤みを帯びた空が広がっていた。
 土手の上の雨が濡らしたアスファルトを歩く。
 すると、向かいから一人の男が近付いてきた。
 三十代半ばくらいで、明るい茶色に染められた髪に、少し大きめのピアス。ギターケースを背負っている。典型的なバンドマン、といった風貌。あまりにテンプレートなその容姿に、思わず噴き出してしまいそうになる。
 そして近付いてくる彼は宙に浮いていた。

 浮遊症候群。
 決して珍しいものではない。
 地に足の着いていない、ふわふわとした考えを持っている人間は宙に浮いてしまうのだ。
 だから、大きな夢を抱く子供は宙に浮きやすい。
 大きな夢を抱いて、ふわふわと浮遊する子供たちは、見ていてとても微笑ましい。かつては僕も宇宙飛行士になるという夢を抱いて、宙に浮いていたこともある。今となってはいい思い出だ。
 反面、いい歳をした大人がふわふわと浮遊していると、大抵白い目で見られる。当然だろう。いつまでも夢見がちな大人なんて、敬遠されてしまうものだ。

 向かいからやってくる男はきっと、バンドマンとしての成功を夢見ているのだろう。そんな夢が許されるのは、せいぜい高校生か、よくて大学生までだ。オジサンになってもまだそんな夢を抱き続けているだなんて、よっぽどの大物か、現実が見えていない大バカだ。
 大人になったのならば、きちんと地に足を着けて歩んでいくべきなのだ。
「恥ずかしくないんですか?」
 と、声が聞こえた。
 土手の下を歩いていた二人組の女性だった。
 それを聞いて、男はその二人組の方へと目を向ける。
「あ? それ、俺のこと?」
「当たり前でしょ。アンタ意外に誰がいるってのよ」
 と、二人は笑う。
「お前ら、今まで浮遊したことねえのかよ」
「当たり前でしょう。浮遊するような夢見がちな子供なんて、年々減ってきているのよ。確実、堅実に未来を見据える方が賢いんだから、そんなのは当然でしょう。それなのに、そんな歳になってまでまだ浮いてるなんて、信じらんない」
 その認識は正しい。
 浮遊する人は年々減ってきている。きっと、そういう社会になってきているのだ。多くの情報が手に入るようになった現代。多くのものが見えてしまうからこそ、自らの限界にも気付きやすくなってしまっている。そして、その限界の先を目指す勇気を折られてしまうのだ。無謀な未来を夢見る土壌が失われてきている。
「は。お前ら、可哀想だな」
 と、男は笑った。二人組はなぜ自分たちが笑われたのか、わからないようだった。
「浮遊する快感を知らねえのかよ。こんなにも気持ちいのに。勿体ねえなあ」
 自分たちが馬鹿にされているのだと、ようやく気付いた二人は、怒りを露にする。
 彼女たちは口々に彼の悪口を言い放つものの、意にも介さず、男は笑う。
 彼が言っていることはなんとなくわかる。僕もかつて宙を浮遊していたことがあったから。ふわふわと漂うように浮かぶのは、楽しくて、とても心地の良いものだった。あの時のことを最悪の時期だったとは思わない。むしろ、あの頃に自分があったから、今の自分があるのだと思う。
「今まで一度も宙に浮くことなく、ただ堅実に自分に出来ることしかしてこなかったんだろ? 別にそれが悪いとは思わねえよ。その生き方も、正しいとは思う。けどな、やっぱ勿体ねえよ。人生で一回くらいはバカな夢を見てみればいいんだよ。いいか、いつだって世界を動かしたり、変えたりするのは宙に浮かぶようなバカばっかりなんだ。俺は、俺の歌で世界を変えたい。ああ、そうさ。正真正銘のバカさ。自分でもわかってる。でも、こんなバカが世の中からいなくなったら、きっと世界はつまんねえと思うよ」
 そう言って、彼はさらに高く宙へ浮かぶ。
 二人組は呆れたようにその場を去る。
 あの二人にこの人の言葉は伝わってはいないのだろう。
 けれども、その言葉は僕に届いた。
 かつて宇宙飛行士を目指し、浮遊して、周りからバカにされていた日々の記憶が鮮明に浮かんでくる。僕はあの頃、確かに大きな夢を見ていた。
 空高く浮かぶ彼の表情は、さっきの二人の女性たちなんかよりもよっぽど生き生きしている。きっと、世間の目から見れば、彼は大バカなのだろう。けれども、バカがいなければ、この世界はつまらない。
 あの頃の思い出に誘われたのか、なんとなく久し振りに、JAXAのサイトを開いてみた。
 すると、そのページの最上部に大きく現れた「宇宙飛行士募集」の文字。思わず口元が綻んでしまう。
 このタイミングでたまたま見つけた、かつての夢への入り口。その扉が開かれている。これは運命か。いや、きっと偶然だろう。
 こんなこともあるさ。
 と、僕は一歩踏み出す。
 その右足は空中を踏み込み、気が付けば身体は宙に浮いていた。


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