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蒼樹里緒さん

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性別 女性
将来の夢 趣味と実益を兼ねた創作活動をしながら、気ままに生活すること。
座右の銘 備えあれば患いなし/一石二鳥/善は急げ/継続は力なり/思い立ったが吉日

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常夜に浮遊

18/05/01 コンテスト(テーマ):第156回 時空モノガタリ文学賞 【 浮遊 】 コメント:0件 蒼樹里緒 閲覧数:268

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 妖(あやかし)が宙を漂うこともまた、日常的な光景の一つに過ぎない。単なる移動であったり、飛行の力を持たぬ者は何らかの術や道具を使っていたり、それぞれである。
 筆文字で『本日閉店』と書かれた札を引き戸にかけて鍵を閉め、老人はふと空を見上げた。
 寒々しい夜風の流れに乗り、数匹の管狐が何処かへと飛んでいく。細長い身体や尾を緩やかに波打たせ、毛並みと同じく銀色の光を帯びて。
 ――また数が増えたのう。
 銀縁の丸眼鏡越しに、老人は目を細める。感動するでもなく、じっと観察するように。
 管狐を使役する『主』への『呪い』の依頼が増えたのか、管狐たちが気まぐれに夜の散歩を楽しんでいるのか。後者であれば良いが、と老人は彼らを見かけるたびに案じていた。
 管狐たちの姿が遠くに消えた後、夜市へ向かう。暮らしに必要なものを一通り買い、帰路より先に寄り道を選んだ。纏った作務衣の鼠色も、行燈のない場所では闇と同化する。猫背気味の背に担いだ竹製の靱(うつぼ)の中で、矢が数本、ことことと揺れた。持ち主のゆったりとした足取りに合わせて。
 店の仕入れとは別に、こうして界隈を気ままに練り歩くことが、老人は好きだった。たまには出歩かねば足も鈍る。店番中に書物をのんびりと読み耽るのも良いが、万屋を生業とするからには、己の健康も大切だ。如何に外見が老いぼれといえども、若人を僅かばかり見習って英気を養わねば。
 街を照らす行燈のやわらかな光は、徐々に遠ざかる。より闇の深まる自然の中へと、足が向く。喧噪から解き放たれた静寂を、心が欲していた。
 不意に、一際強い夜風がびゅうと吹き抜けて。裏の小路からふと風向きを確かめる視線の先、何かがまた浮遊するのを捉えた。
 否、浮遊には程遠い。小さなそれは、頼りなく宙を漂っていった。生き物というよりは、薄っぺらな紙片の如く。風に流されるまま、ふらふらと。
「また管狐か」
 つい、小さな驚きが老人の口から漏れる。
 先刻見かけた数匹とは真逆の方角へと、その一匹はよろめきながら落ちていく。
「こりゃいかん」
 できる限りの早足で後を追う。進むたびに、土や草木の匂いが徐々に濃く夜気にまざっていった。
 管狐は傷を負っているのか、病を患っているのか。あのまま放っておけば、ほかの妖に喰い殺されかねない。寝覚めが悪くなるような事態は御免だ。
 飛行を主とする妖の速さに比べれば、老人の早足や走りは亀の歩みに等しい。すっかり息が切れた頃、やっとのことで目的の川辺に辿り着いた。
 夜風でさらさらと枝葉を揺らす木陰、その根元が淡く光っている。
 歩み寄った老人が見たものは、ぐったりと横たわる管狐の姿であった。
 骨張った皺だらけのてのひらで、老人はそれをそっと包み込んで抱き上げる。
「おまえさん、呪いにかかっとるな」
 見るだけでもわかる、禍々しい瘴気が小さな妖に纏わりついていた。家で薬を飲ませ、呪いを解かねば命にかかわるやも知れぬ。
 傷に響かぬよう、静かに声をかけるが返事はない。肌に生気やぬくもりが確かに伝わってくる。疲れ切って眠っているのだろう。その身が冷えぬようにと、手拭いをゆるく巻きつけた。
 今宵の散歩は終いだ。管狐を抱えて帰路に着こうとすると、川のほうから童の笑い声が聞こえてきた。
『ソイツ、死ニゾコナイ』
『虫ノ息。モウ助カラナイ』
「黙らっしゃい」
 川を睨み、老人は低く一喝する。怒鳴ったわけではないものの、声の主たちを震わせる威圧は充分であった。
 水上に浮遊するのは、紅や黄、色とりどりの鬼火である。燈籠や送り火の如く、水面に寄り集まって蠢いていた。
 くすくす。クスクス。
 老人が歩き出せば、かすかな嘲笑が背にかかる。
 哂うのならば哂えば良い。逐一構うのも馬鹿らしい。
 手元の管狐を見つめながら、老人は柔和に呟く。
「おまえさんたちは、誰かを呪うために憑くのが仕事なんじゃろうがの。わしは、おまえさんたちが自由に飛ぶ様を見るのが好きなんじゃ」

 ――だから、早う元気になっとくれ。わしがおまえさんを必ず助ける。

 カラン、カラン。
 靱の中で矢が揺れる。管狐の心が少しでも安らいで浮かばれるよう聴かせる、子守唄の如く。


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