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糸白澪子さん

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大勢の人々から打ち捨てられた少年の話

18/04/30 コンテスト(テーマ):第155回 時空モノガタリ文学賞 【 ゴミ 】 コメント:0件 糸白澪子 閲覧数:313

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 ママへ
 お元気ですか。僕はもうずいぶん前から立つことができません。これまでお庭に遊びに出たときはいつもママのためにお花を摘んでいたのに、それももうできなくなってしまいました。ごめんなさい。ママ、いつになったら会えますか。早くママに会いたいです。
 今朝、僕はスプーン3杯、スープを飲むことができました。最近は何を食べてもすぐにお腹が痛くなって、頭がくわんくわん音を立てて、しまいには吐き出してしまうのです。ママは大丈夫ですか。パパがここから移られてからママは今まで以上に元気を無くしていたから、僕はちょっと心配です。パパはどこに行ってしまったんでしょう。パパにも会いたいです。またドイツ語や英語を教えてもらったり、山や川の名前を教えてもらったりしたいです。
 ママ、叔母さまはお元気ですか。パパがいなくなっても叔母さまはずっとママのそばにいらっしゃいました。叔母さまは「私は平気よ」っておっしゃっていたけれど、実はママのいないところで泣いていたのを僕は見たことがあります。ママ、もしかしたら叔母さまも元気じゃないのかもしれません。叔母さまがママにそうしたように、もしよろしければママも叔母さまのそばで微笑んで、お背中をなでてさしあげてください。そうしたらきっと、叔母さまも笑顔になってくれるはず。
 そうだ。お姉さまに「ありがとうございます」と伝えることも、ママに頼んでよろしいですか。頼み事ばかり、ごめんなさい。だってね、お姉さまがベッドを贈ってくださったのです。それまで使っていたものとは比べ物にならないくらい、気持ちいいベッドなのです。前まで使っていた、白くてちいさい虫がたくさん這っていたベッドよりもずっとよく眠れます。それに、あの親切なおじさんも、お姉さまが遣わしてくださったのでしょう? ベッドを僕の部屋に運び入れてくれたおじさんです。彼は僕の体も洗ってくれて、たくさん張り付いていた虫たちも丁寧に取ってくれたのです。本当ならばお姉さまに直接「ありがとう」と言いたいのですが、僕にはできないから、よかったら、ママから伝えてほしいです。
 そうだ、ママ、あのね! いいニュースがあります。窓から光が入るようになったのです。一昨日、また新しいお医者様がいらして僕を診てくださいました。そしたらそのあと、あの親切な大人たちがやってきて、それまでずっと閉ざされていた窓を開け放ってくださいました。ママ、光が入るというのは、それだけで部屋の空気まで変えてしまうものですね。とっても高いところにしか窓はないけれど、そこからお日様が見えるのです。なんとうれしいことでしょう。
 あとね、彼らは扉の閂も取り払ってくれたのですよ。もう、ガタ、ガチャ、ゴトリ、という音を聞かなくていいのです。もう食事を持ってきた人から「詐欺師の息子」「淫売婦のせがれ」と貶められることもありません。あんな風に言われるのは、僕はどうしても嫌でした。だって、パパもママも立派な人なのに。
 ねぇママ、どうしたって僕たちはこんなにも酷い目に遭わなければならないのでしょう。僕はそんなにも悪い子なのでしょうか。僕は一体、何をどうすればよかったのでしょうか。
 ママ、早くママに会いたいです。僕はもう手紙すら書けなくて、何かものを書くのもしんどくって、こうして頭の中で文をつくるばかりです。昨日からどうしてか身を起こすのも億劫で、ずっと天井ばかり見上げています。ママ、苦しいです。病気の苦しさにはもう慣れっこなはずなのに、息をしようとするとひゅうひゅう音が鳴って、うまく息が吸えなくて、吐くこともできなくて、ママ、苦しいよ、ママ、助けて、ママ。
 外で、お外で、声が聞こえます。誰かが僕を呼んでいるのです。窓から、光が射してきたみたいです。窓から? なんだかあったかくって、おおきくって……まるでヴェルサイユにいたころのよう。お花の、たくさんのお花の咲いている匂いがする。風が、柔らかい風が、いつぶりのことでしょう、風を感じるのは。
 誰かが、誰かが僕を呼んでいる。優しい声。この声は、ああ、ママ……ママ!
「愛しい子。こんなにもつらい目に遭わせてしまって、本当に、私は貴方にどう謝ればいいの」
「ママ、どうか悲しい顔をしないで。ママは何にも悪くないんだもの」
身体が軽い。
「おいで。私と行きましょう。パパも、叔母さまも、もう向こうでお待ちよ」
「でも、お姉さまは?」
「まだ少し、時間がかかるみたいだわ。大丈夫。ここでの時間なんて、向こうではそう長くないのよ」
 ママ、やっぱり、ママは笑っているお顔が一番。もう一度みんなで暮らせるのですね。
 ママ、ママ、僕はママが大好きです。

 1795年6月8日、フランス、パリ、タンプル塔においてたった10歳の少年が鬼籍に入った。彼はルイ=シャルル。またの名をルイ17世という。


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