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宮下 倖さん

宮下 倖です。 楽しくたくさん書いていきたいです。

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将来の夢 誰かの心にひとつでも響く言葉が紡げたら幸せです。
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つぼみ

18/04/30 コンテスト(テーマ):第155回 時空モノガタリ文学賞 【 ゴミ 】 コメント:2件 宮下 倖 閲覧数:463

時空モノガタリからの選評

感情というものは心の中で次々に現れては消え、その積み重ねが人生を形作っていくともいえますが、そのような膨大な感情の海の中で溺れないように、必要な感情とそうでないものを取捨していくことは案外難しいことなのかもしれません。義兄への思いを持ち続けることは、常識的な観点からみれば、周囲との関係性を難しくする危険を孕んだものではありますね。一つの選択が未来にどのような花を咲かせるのかなど確約のない中で、日々我々は、彼女と同様に感情の取捨選択をしていかなければなりませんが、賭けのようなそれは人生の醍醐味でもあり、怖さでもありますね。技術的な面からいうと、夜の公園という心がふっと日常から逸脱するような場所を舞台に、心を抑圧する際の身体的な痛みなどの表現が、読みやすい文章の中にさらりと織り込まれている点が、うまいあなあと感心させられました。

時空モノガタリK

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 仕事帰りのいつもの路地にいつもの公園、いつもの早足をふと緩めて私はゆっくり夜空を仰いだ。立ち止まり大きく首を廻らせるが月は見えず、星がやけに瞬いているように感じられる。
 私は静かに息を吸い深々と吐きだした。すとん、と何かが落ちた気がする。
 私の気もちの中の何かが……と考えて「いやいや」と振り返った。本当に何かの気配がしたのだ。
 公園の中に目を凝らすとジャングルジムのそばに人影があった。袋のようなものを手にゆっくり歩き、ときに何かを拾う仕草をする。そしてそれを検めるように見ては持っている袋の中に突っ込んでいた。
 ゴミ拾いか。
 ご苦労なことだが時間はすでに深夜に近い。善意の行為だろうに不審者に間違われたら気の毒だなどと思いながら見ていたら、ふいにその人影がまっすぐに私のほうに歩いてきた。足取りはやけに早く、私は立ち去ることもできないままその人を凝視する形になってしまった。
 近づいてきたのは若くも老いているように見える不思議な雰囲気の男性だった。
「あれ、あんたオレが見えてんの?」
 そんな不穏なことを訊きながら彼は私の足元を見回し「あー。やっぱり」と呟いて何かをひょいと拾い上げる仕草をした。
「あ……あの、何を拾ってる……んですか?」
「んー。捨てたばっかりのやつはオレのこと見えちゃうんだよなあ」
「あの……だから何を?」
 彼が横目で私を見る。
「オレが拾ったのは、あんたが今捨てた要らない感情」
 意味がわからないと一歩ひく前にどきりとした。何かを載せたように窪ませた彼の手のひらの上に、もやもやと渦巻く黒いものが見える。
「人間は感情のかたまりだ。つぎつぎ生まれる膨大な感情をいつまでも抱えてたらすぐにパンクする。だから無意識に、これは要らないあれも要らないってゴミみたいに感情を放り捨ててる。そんなふうにあっさり捨てられる感情はいいんだ。捨てられたらすぐ消える。でも……」
 声を低めて彼は私の目を覗き込んだ。思わず吸い込んだ息が喉をちくりと刺す。
「今のあんたみたいに捨てなくちゃと思って捨てた感情はだめだ。街のあちこちに溜まってときに人に悪さをする。それだけ強い感情だからだ。そうならないよう拾うのがオレの仕事なんだよ」
 信じられないと笑い飛ばすのは簡単だった。
 けれど、たしかに私には立ち止まって息を吐きだしたとき意識して「捨てた」感情がある。
 元義兄への恋慕。
 姉に初めて紹介されたときから好きだった。もちろん表に出してはいけない感情とわかっていたから、ふたりが結婚した後もいい妹を演じ続けた。
 でも笑顔の陰で消せない想いに苦しみながら姉夫婦の不幸を望んでしまう自分もいた。おそろしかった。自分がひどく汚いものになったようで身震いがした。
 それでもふたりが幸せなら「仕方がない」といつか諦められたかもしれない。
 けれど姉たちは別れてしまった。実にあっさりと私と義兄は他人になった。
 だからといって簡単に伝えていい想いではないし、あの人だってきっと困る。だから私は……
「本当に捨てたかったわけ? ゴミみたいに捨ててよかったわけ? 今なら間に合うかもよ?」
「私は人の不幸を望んだの。ゴミみたいな人間がゴミみたいな感情を捨てただけ」
「本当にそうなら、オレの手の中でこんなにきれいにならないけどな」
 彼の手に目をやると、さっきの黒いものが一輪の花の蕾に変わっていた。
「もうこうなるとこれはゴミじゃない。オレは拾えない。さあどうする?」
 恋をしてはいけない人に恋をして、偽りの笑顔で接しながら心の底では不幸を願い、手に入りそうな状況に浅ましい望みを抱く。
 こんな汚れた感情が「きれい」になんてなるわけがない。捨てなくてはいけない感情のはずだ。
「なあ。あんたがゴミみたいだって言った感情がこんな姿になるのは、未来があるからじゃねえの?」
 彼は花の蕾を差し出した。押しつけるような勢いに思わず受けとってしまう。
「ここでオレに会ったのも偶然じゃねえかもよ。もう一回この感情と向き合ってみたらどうだ?」
 捨てるのはいつだってできるけど、それを取り戻すのはけっこう難しいんだからさ。
 そんなふうに続いた彼の声は風にさらわれるように尻すぼみになって消えた。
 はっと顔を上げるともうその姿はない。今まで傍にいたのに顔ももう思いだせなかった。
 渡された花の蕾はわたしの手の中で半透明になってゆく。
 私は何を捨てようとして何を拾ったのだろう。
 この蕾が私の中で花開いたら、いつかわかるときがくるのかもしれない。


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このストーリーに関するコメント

18/05/28 待井小雨

拝読させていただきました。
汚い気持ちだ、要らないものだと捨てた感情が、人に「それはきれいなものだ」と言ってもらえたなら、きっと救われるだろうなと思います。
主人公は戸惑っていましたが、いつかその蕾がきれいな花となることを願います。

18/08/27 宮下 倖

【待井小雨さま】
醜いと自分が切り捨てた感情のなかの、純粋に光る部分を認めてもらえたら嬉しいですよね。たぶん自分の願望が入った作品なんだと思います。
読んでいただき、またコメントをくださりありがとうございました!

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