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野々小花さん

野々小花(ののしょうか)です。文化教室に通って、書く勉強をしています。

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朝の時間

18/04/30 コンテスト(テーマ):第155回 時空モノガタリ文学賞 【 ゴミ 】 コメント:6件 野々小花 閲覧数:648

時空モノガタリからの選評

家族のスケジュールに比べて、まっさらな自分のスケジュール。直接的な感情描写がほとんどなくても、主人公の「私だけ、何の予定もない」という事実の描写が、焦りや孤独感を読むものに感じさせてくれると思います。彼女の両親は娘を学校に行かせ就職などを迫るよりも、今は静かに見守る形をとっているのでしょう。「私」も引きこもってはいるものの、家族の想いや、その中での自分の役割を自覚できるだけの心の強さを持ち合わせているのかもしれません。「ゴミ拾い」は、外界との関係性の再構築につながる行為でもあり、内面的に心の整理をつけるための行為でもあるのでしょう。こうした小さな一歩が、一人の人間の人生を前進させて行くのでしょうね。 作品の雰囲気も良く、ひんやりとした朝の空気感が、少しずつシフトしていく主人公の心理と重なり、すっきりとした読後感が残ります。

時空モノガタリK

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 いつも、私は決まって朝六時に目が覚める。起きる必要もないのに目が覚める。何もすることがないから、しばらくパジャマ姿のままで布団の上に寝転がっている。ぼんやりと天井を眺めていると、窓の外から朝の音が聞こえてくる。車やバイクが通り過ぎていく音。私の部屋は二階にある。橙色のカーテンを開けて、道路に面した小さな窓を覗くと、中年の女性二人が家庭ゴミを抱えたまま立ち話をしていた。軽やかな女性ふたりの話声が耳に届く。
 その脇を初老の男性と散歩中の犬が通り過ぎて行く。隣家の玄関扉が開いて、サラリーマン風の男性が出て来た。私は隣に住むあの男性のことを何も知らない。名前も分からない。一年前、この真新しい一軒家に両親と共に引っ越してきた。それから一度も、私はこの家の外へは出ていない。

 高校生の頃、イジメを受けて学校へ行けなくなった。クラスメイトも先生も、人間すべてが怖くなった。部屋に引きこもるようになって、もう三年が経つ。
 昼過ぎになって一階に降りた。キッチンには一人分の食事が用意されている。母が作った私の昼食だ。両親は共働きで、家の中はいつも静かでがらんとしている。壁に掛けられた三月のカレンダーには、父と母の予定が細かく書き込まれている。仕事で遅くなる日、習い事がある日、地域のボランティアに参加する日。両親はいつも忙しそうにしている。私だけ、何の予定もない。
 食器を洗い終えて二階の部屋に戻った。窓の外から聞き慣れた声がして、私はカーテンを開けた。歩道に、向かいの家に住む小さな男の子とその母親がいた。親子で歩道のゴミを拾っている。
「ゴミ、またあったよ」
 窓を開けると、男の子の元気な声が聞こえてくる。母親は男の子を見守りながら、「そうだね」と頷いている。近所にコンビニがあるせいか、歩道には頻繁にゴミが投げ込まれている。毎日、そのゴミを親子は淡々と拾い続けている。

 カレンダーが四月になってしばらくすると、あの親子の姿は見えなくなった。
『息子の病気が少しでもよくなるように、空気がきれいなところで暮らしたいと思って』
 あの日、向いに住む男の子と母親が家に尋ねて来た日。自分の部屋少しだけ開けると、そんな声が聞こえてきた。親子が引っ越してから、徐々に歩道にはゴミが溢れていった。
 ペットボトルや空き缶、スナック菓子の袋。どうしてゴミをゴミ箱に捨てることができないのか。何だか我慢できなくなって、私は夜遅く、家族が寝静まった頃に家の外へ出た。歩道に出てゴミを拾う。部屋から持ってきた小さな袋はあっという間にいっぱいになった。ざっと周りを見渡して、ゴミが落ちていないことに満足する。久しぶりに外の世界に出た。夜の空気は少しつめたくて、とても澄んでいる。私は何度か深呼吸を繰り返して、そして、自分の部屋に戻った。
 深夜のゴミ拾いが日課になった。明るいうちに外へ出ると人がいるから、ゴミを拾うのは必然的に夜になる。二週間ほど続けたある日、突然後ろから声を掛けられた。
「あら。ゴミ、拾ってくれてるの」
 中年の女性だった。見覚えがある。ゴミ収集がある朝、よく立ち話をしているひとだ。
「こ、こん、ばんは……」
 視線を逸らしながら、私はなんとか声を絞り出す。自分の態度は挙動不審ではないかと思い始めたら急に怖くなった。家の中に入りたい。後ずさりする私に、女性は親しげに声を掛けてくる。
「鈴木さんのところのお嬢さんよね。私、三軒隣の藤田です。来週ね、収集場所の掃除当番、鈴木さん家なのよ。だからこれ、ポストに入れておこうと思ってたんだけど、ちょうど良かったわ。はい、渡したからね」
 手渡されたのは木の札だった。『〇〇地区・掃除当番』と達筆な字で書かれている。収集車がゴミを回収した後、収集場所の掃除をする決まりがあるのだという。この場所で暮らし始めて一年。今までこんな当番があることも、私は知らなかった。

 一階で母の作った昼食を食べながら、カレンダーを見る。今月も父と母には予定がたくさんある。私には何もない。何度も、何度も逡巡した。意を決して、私はゴミ収集のある日、来週の火曜と金曜のところに、自分の予定を書き込んだ。『めぐみ・朝、掃除当番』。
 朝、街が動き出す音がする。車やバイクのエンジン音。立ち話をする女性たちの笑い声。散歩中の犬が吠えている。窓を覗くと、隣の家の男性が出勤するところだった。
 私は今日も、朝の六時ちょうどに目が覚めた。外へ出るために服を着替えて、髪を整える。八時を過ぎた頃、収集車がやって来た。自分の部屋の中で、何度も深呼吸をする。一階に降りると、朝食を作る母がいた。父は新聞を読んでいる。私は小さく「おはよう」と言って、玄関でほうきとちりとりを手に持った。玄関のドアを開ける。そしてゆっくりと、私は朝の時間の中へと足を踏み出した。



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このストーリーに関するコメント

18/05/02 糸白澪子

拝読しました。
ゴミ拾いに限らず、清掃って、片付けられるその環境だけでなく、片付ける人の心も清めてしまいますよね。
これぞ一種のカタルシス。
私も部屋の掃除をしたくなってきちゃうような、読んでいてすっきりする物語でした。
ありがとうございました。

18/05/12 まきのでら

主人公の心の動きが丁寧に描かれていて良かったです。
読後感も良好。

18/05/28 野々小花

糸白澪子 様

読んでくださってありがとうございます。
返信が遅くなり申し訳ありません。読後感を意識したので、すっきりしたとおしゃっていただき嬉しかったです。
コメントを拝見して、そういえば、このテーマを書いたら自分の部屋を大掃除しよう、と考えていたことを思い出しました。
未だに実行はできていないのですけれど…。

18/05/28 野々小花

まきのでら 様

読んでくださってありがとうございます。
返信が遅くなり申し訳ありません。自分ではビックリするくらい地味な話になってしまったと思っていたので、心の動きが丁寧というコメントがとても嬉しかったです。
前向きなラストにしたかったので、読後感が良いとおっしゃっていただことも感謝です。ありがとうございました!

18/06/06 光石七

入賞おめでとうございます!
拝読しました。
ゴミ拾いをきっかけに一歩踏み出した主人公。
焦らず、ゆっくりでいいから。自然とエールを送ってました。
素敵なお話をありがとうございます!

18/07/17 野々小花

光石七 様

お読みいただきありがとうございました。返信が遅くなり申し訳ありません。
ゴミ拾いがきっかけで、主人公は再び社会と繋がることができました。
これからは、進んだり、ときどき休んだりしながらも、彼女は彼女なりに頑張っていきます。
そんな主人公の未来の姿を想像できるような、少しは希望のあるラストに出来たかなぁと思っています。

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