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赤いダイアモンドの季節

18/04/29 コンテスト(テーマ):第155回 時空モノガタリ文学賞 【 ゴミ 】 コメント:0件 ねこ丸 閲覧数:160

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「生まれ変わったらゴミになりたい、そして人類を捨ててやる」
 と、ミチが言う。
 ゴミは捨てられる方でしょ、と普通なら返すだろうけど、私は、何それイヤだよ、私も捨てられんの? と笑うだけ。だって、わかるから。
「マコのことは捨てないよ、だってあんたは人類に入らないもん。あんまん? それかシュークリーム?」
「何だとお」
 たわいなくじゃれ合うひと時でさえ、背後に視線を感じる。ミチは赤いダイアモンドだ。というのは、一種の特異体質のこと。昔は石炭というのが重要なエネルギー資源で、黒いダイアモンドと呼ばれたのと、関係があるんだろう。何せ身体中の細胞全部がものすごいエネルギーを持つ。体にも体液にも、抜けた髪にさえ価値がある。
「ゴミならこんな仮面も要らないしね。知ってる? 高いんだってよ、これ」
 ミチが顔を覆う「仮面」を指先ではじく。防護マスクに近いほどごつい、赤いマスク。吸い込んだだけで赤ダイアの体内の特別な細胞を普通の人間の細胞と同じにしてしまう、特定のウイルスを除去するための。赤と言っても濁って黒ずんだ、鉄錆みたいなマスクの色は、ウイルスを吸着する、何とかっていう物質の色。赤ダイアの証だ。
 資源が枯れつつあるこの星で、今やエネルギーはダイアモンドより貴重だ。この国もだんだん貧しくなって、赤ダイアの人たちがいなければ、前みたいに電気をたくさん使う暮らしはできない。ミチの安全と健康と体質維持のため、通学中すら警護の人が見張るのもわかるってものだ。今も、私たちの会話に何か不穏な空気を嗅ぎ取ったのか、じわじわ距離を縮めてきているんだから凄い。
 十分な見返りを貰っていると妬みをぶつけるような人までいる中で、愚痴一つこぼさずプライバシーのない生活に耐えているのは、考えた上で決めたミチの意志だから、損なうことは言うまいと思ってきた。

 でも、ゴミになりたいだなんて。
 本当は息苦しい毎日だったよね。
 息苦しいといえば、ミチは肺が弱い。このごついマスクをしていることが、人一倍息苦しいはずなんだ。文字通りに。
 たまにミチが咳き込むと、警護の人がすっ飛んでくる。背負ったボンベの先に小さな球をカチッとつけて、ミチの首のあたり目がけてプシューっとやると、ミチを包む透明なカプセルができる。即席の無菌酸素室だ。その中ならミチはマスクなしで息ができる。でも、透明な壁に隔てられた私は、背中をさすってあげることもできない。うっかりカプセルを壊しても大変だ。ミチがもう大丈夫、と自分でマスクをつけるまで、警護の人はカプセルを守り、私はただ見ている。
 そういう時、警護の人は何を思うんだろう。何か失敗したらミチだって辛い思いをするし、これが仕事だから、何も思わないのかな。思ってるけど顔に出さないだけなのかな。

 それにしても今日のは特にひどかった。
「生まれ変わったら」
 と、もう一度言いかけて、ミチは激しく咳き込んだ。すぐに出動した透明カプセルの中で、うずくまってゼエゼエ肩で息をした。ボンベについた針が目盛の低い方へカタンと派手に動いた。警護の人は慌てて、追加でプシューっとした。それで手元に気を取られていたんだろう。ボールが飛んできたのに、気づかなかった。
 ドッジボールくらいのけっこう硬そうなのが、ミチの頭を直撃した。カプセルは壊れて粉になった。ミチはまだ苦しんでいたところに、突然の痛みが加わったからか、一瞬顔をひどく歪めて倒れた。
「ミチ、ミチ」
 叫ぶ私を突き飛ばすように、警護の人は駆け寄ると、ミチの鼻と口を押さえつけて塞ぐ。マスクを着けようとしている。
 あんなに苦しんでるのに。痛がってるのに。私はそいつの背中を蹴飛ばしたくなった。でもできない。そんなことをしたら、ミチが。

 でもミチは自分でその人を蹴飛ばしたんだ。そして顔からマスクを剥ぎ取って言った。
「マコ、逃げるぞ」
 私たちは手を取り合って走った。
 いつもと逆の電車に乗り込んでやっと一息、閉まったドアの前に、二人で息を切らしてしゃがみ込む。転んだときの傷なのか、ミチの膝にも手にも赤い血が滲んでいる。この電車だってミチの血か何かで動いているんだろう。だけど、今はもう。
「怒られちゃうかな、あの人」
 思い切ったことをしておいて、ミチは警護の人を心配している。
「事故だからしょうがないよ」
「うん、今はそういうことにしとこう」
 ミチは笑う。いつもマスクで覆われていた顔は新しい紙のように白い。私たちは、ううん、ミチはこれからどうなるんだろう。逃げたって仕方がない。でも、走りに走ったマラソン選手が息を整えるくらいの時間は許されてほしい。たとえ完走でなくても。
「できたよ、私。生まれ変わる前に」
 その笑顔こそダイアモンドだった。ゴミみたいだったとしても、私は別によかったんだけど。本当に。


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