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飛鳥かおりさん

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会社という生命体

18/04/25 コンテスト(テーマ):第155回 時空モノガタリ文学賞 【 ゴミ 】 コメント:0件 飛鳥かおり 閲覧数:437

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アラームの音が鳴る。
私は布団から手を伸ばし、目を瞑ったまま手探りで目覚まし時計のスヌーズを切った。
心に鞭を打ち、布団から出たくないと訴えるもう一人の自分をバッサリと切り捨てる。
今日は火曜日、普通ゴミの日だ。私はパジャマのまま上着だけを羽織り、ファスナーを一番上まで上げた。夕べのうちにまとめてあったゴミ袋をベランダから持ってきて、つっかけに足を入れる。玄関のドアを開けるとひんやりとした朝の空気が肺の奥まで染み渡った。
ここにいる間だけは、私は私でいられる。またいつものように出社してしまえば、私はただの会社を構成するひとつの要素に過ぎない。
毎朝早起きするのにも、もう随分と慣れてしまった。

「捨てることは生きることなんだよ」
彼はそう言った。
その言葉は呪いのように朝から晩まで私の脳裏にこびりついて離れない。
生きるってなんだ?
生と無生の違いはどこにあるのか。そんなもの分からない。だけど。
たとえば細胞はエネルギーを得るために内部で化学反応を起こして、その副産物のうち使えるものは再利用し使えないものは外に出す。
たとえば人間は食べ物から栄養をとって代謝し、残りカスは体外に排泄する。
たとえば会社は使える人間を取り入れて利益を生産し、使えない人間や抱えきれない人間を切り捨てる。
みんな同じ。捨てるって、生きるって、要するにそういうこと。
生きてなければ、捨てる必要なんてないし、生きてなければ、ゴミなんて出ない。ゴミは生命活動の副産物なのである。

会社という生命体においては仕事の進捗が生きるためのエネルギーというわけで。
デスクがゴミだらけだったら仕事は捗らない。だから生命活動のためには誰かが片付けて捨てないといけない。
それをしているだけと言えばそうなのだけれど、必ず私がするという必要はどこにあるのか。
幹細胞が分化するのと同じように、会社ではそれが役職や階級、さらに細分化された係や役割にあたる。
いろいろな可能性を持った幹細胞でいられるのは入社式から一か月の研修期間の間だけ。それからすぐに配属という名の分化が始まる。
それからは、道すじが決まっていて。坂道を転がるようにただ進んでいくだけ。

毎日のお茶汲みとゴミ捨て。女だからって私だけそんな仕事が足されてるのはどうして?
――それは女性だからじゃない。君がその係だからだ。
そう言われて納得すると思われていること自体が理不尽極まりない。
要するに初めから幹細胞などではなかったのである。女という遺伝子を持つ細胞は入社したときから分化の道は決まっていて。それを私は知らされてなかっただけ。
上司のご機嫌をとって、部下には嫌われない程度にできる仕事を回す。私は会社の代謝活動の触媒と化す。

「捨てることは生きることなんだよ」
その言葉は私という細胞の活動を制御する。ちゃんとゴミ捨て係としての遺伝子を発現しなさい、と。
文句を言うのと飛ばされるかもしれない覚悟を天秤にかけるのも面倒くさい。時間が経てば経つほどそういう気力も湧かないようにプログラムされていく。
泥の中を自分の足で歩きながら、勝手にどんどん掘り進められてしまって、もう自分では抜け出すこともできない。仕方ないからそのまま流れに身を任せ、ただただ突き進む。
彼の言葉をそのまま鵜呑みにして、私はまた今日も一番に出社し、机上を片付けゴミを収集して回る。それからお茶の準備。
終わりはない。社員の私という生命が尽きて、私がただの人に戻るまで。

階段を下りていると、上ってきた女性とすれ違った。私が「おはようございます」と言うと彼女は頭を少し下げ「どうも」と言った。このアパートに越してきた頃は生き生きしていた彼女の瞳も、いまはすっかりと曇ってしまっている。他の人から見たら、私の瞳も同じように映っているのかもしれない。
この時間に会うのはいつも彼女だけだ。彼女も私と同じで毎朝一番に出勤するのだろうか。毎日ゴミ捨てとお茶汲みをするのだろうか。
私の意思とは関係なしに、勝手な想像が脳内を巡る。
溜まった鬱憤を吐き出すように回収場所へとごみ袋を投げ入れた。このストレスも一緒に捨ててしまえればどんなに気分が良いことだろう。
もうじき電車が動き始める。早く戻ってシャワーを浴びないと。
目線を遠くへやってみれば、まだ低い太陽がこちらを宥めるように見つめていた。


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