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kinaさん

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ダスター

18/04/24 コンテスト(テーマ):第155回 時空モノガタリ文学賞 【 ゴミ 】 コメント:0件 kina 閲覧数:398

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 ミナミから連絡が会った時、百合はやさぐれていた。ベッドの中にもぐって、朝も昼も夜も関係なく、ずっと眠り続けていた。どうしてこうなったのか、何がそんなに辛いのか、何がこんなにも私を堕落させていたのか、考える時間があるなら眠っていたいと思った。ミナミは遠くの学校に通っていて、もうじき卒業する予定だった。スマホだけが何度も点滅を繰り返して、小さな光は真っ暗な部屋でチコチコと点滅していた。自分とは違う時間を過ごしている彼女が、なぜ何度も連絡をよこすのか。百合にはわからなかった。わからないと知りたくなってしまうもので、スマホを開く理由になった。
「小説が書けないんだ。1週間後に締め切りなんです。百合さんの力を貸してください」
 内容は同じだったが、この3日間で8通も来ていた。ミナミのいう小説は、おそらく課題だろう。クリエイティブ系の専門学校に通っている彼女は、いつも課題に追われていた。合格を喜び、あんなに好きだった創作に次第に病むようになっていた。そんな彼女はすでに内定をもらっている。地元の一般企業の事務職だった。もうこれで産みの苦しみから逃れられるところだったが、卒業制作が書き上がらないのである。そういった事情を、メールに折り返した電話で百合は聞かされたのだった。
 人助けだと思って百合は久しぶりにパソコンを起動させる。デスクトップに大量に貼り付けられたメモ帳のなかから、なにか使えそうな話題はないかと探し漁った。百合はメモ帳に雑文を書くことが趣味だった。定期的にゴミ箱に捨てているものの、すぐにデスクトップは紙切れのアイコンがずらりと並んでしまうのだった。幸いにも今は寝込んでいたのでゴミ箱に捨てる前である。ネタには困らない。しかし30枚なんて書いたこともない分量だった。これだけを埋めるには、思い入れが必要である。
 百合はヒトミくんのことを書くことにした。久しぶりに指に触れるキーボードが、思いのほか軽い。

『「ハナオカ、ミズキ」
とっさに出た名前は、自分でも驚くほど適当で乾いていた。じゃあミズキねと彼は口元で繰り返し転がしている。ミズキ、みっちゃん、みー。
「なんだか猫みたいだね」彼が笑う。
だんだん名前は生ぬるく熱を帯びた気がしてきて、ドキリとした。本当の名前よりもずっといやらしい人間臭さを瞬いてみせるかのように。本当の名前を知ってほしいと思う気持ちを、思わず飲み込んだ。』

 それは百合を寝込ませていた理由でもあった。小説なのだからと思って気を利かせていても、徐々に文章は本性を現す。説明的なのに、生々しい苦しみだけが暴力的に感じられる。

『たった一人を愛さないスタイルの自由恋愛をする彼の周りには、インターネット上に沢山の女性が居た。恋人にはなれなくて、自分ひとりを愛することはない。それはあまりに不公平な関係かもしれない。それをわかった上でも、彼を愛さずにはいられない女性が沢山彼の周りにはいる。……』

 30枚は百合にとってあっという間だった。時間にして3日間。彼女は読み返すことなく、達成感に包まれたまま、ミナミに送った。ミナミは泣いて喜んだ。ありがとう、ありがとうと繰り返す彼女が面倒なくらい、清々した気持ちになった。

 彼女から直接連絡はなかったが、卒業して社会人になっていることはSNSを見ればわかった。変化があったのはむしろ百合のほうである。百合はそれから小説を書くことが日課になった。自分は文章を書くことが得意だと気づいてからは、職業を変えた。作品の数が増え、自分もかつて小説家を目指していることを思い出し、情熱を注げるものを見つけた喜びを噛み締めていた。そんな彼女にとって、あの30枚の原稿は原点だった。一人の友人を救った美しい美談まである。彼女はどんなに自分の文章がけなされても、このきらめく体験のおかげで需要を確信できていた。しかしあの原点に焦がれる頃には、手元にはなかった。当時は今ほど自分の作ったものに執着がなく、あいにく捨てていたのである。彼女の唯一の心残りだった。

 気づけば4年が経っていた。一度だけ共通の友人の結婚式の機会にミナミに会うことがあった。美しい和装の友人を眺めながら、隣り合わせたミナミに
「あの課題はどうなったの?」
「課題って?ああ、提出のために製本化したから、百合には渡そうと思ったんだけど、私の未熟な作品を人に見せたくない気持ちが勝ってすぐに捨てちゃった」
 百合はその時はじめて、自分は作品を頼まれたのではないことに気づいてはっとした。ミナミ自身が僅かに手直しをし書き添えた部分のためにミナミの作品になり、ミナミのものとして葬られたのだった。代筆とはそういうことである。百合は自らの需要の小ささを思いながら、せめて布団に抱かれたいと思った。



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