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松本エムザさん

性別 女性
将来の夢
座右の銘 Dont Dream Be it.

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僕と彼女のはなし

18/04/20 コンテスト(テーマ):第155回 時空モノガタリ文学賞 【 ゴミ 】 コメント:0件 松本エムザ 閲覧数:255

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「肩にゴミがついてますよ」
 職場のコピー室。隣りのコピー機で作業をしていた女子社員に声をかけた。
「糸くずかな? ほら、右肩の辺りに」
「えっ?」
 意外なほどに目を見開き、驚いて振り向いた顔に見覚えがあった。確か営業三課に配属された同期のコだ。
「あ、ありがとう」
 そそくさとコピーを終えた書類の束を抱えて、彼女は立ち去ってしまった。何か気に障る事を言ってしまったのだろうか。研修以来の再会なのにろくに挨拶もせず、いきなり話しかけたのがいけなかったのだろうか。もしかして『肩にゴミがついている』だなんて白々しい嘘をついて、女性に触れようとした変態男だと思われてしまったのだろうか。悶々と考えてしまったのは、彼女が結構好みのタイプだったからで。だったらちゃんと名前を覚えておけよと自分にツッコミを入れながら、帰りの電車に揺られつつ見上げた先の路線図に、思いがけず彼女の名前を見つけた。
「池袋在住の沼袋です」
 そうだ。沼袋さんだ。研修の際、にこやかに自己紹介をした彼女の姿を思い出した。今度会えたらちゃんと名前を呼ぼう。そう考えると、毎日の出社が楽しみになった。

「おはよう。沼袋さん」
 ようやく目標が達成できたのは、それからほぼひと月近く経ってからだった。乗り込んだエレベーターの隣りが偶然彼女で、周囲の目もあるから小声でと思ったのに、予想外に大きな声が出ておまけに焦ったあまり上ずってしまうという失態を犯すという事態になったけど。
「お、おはよう」
 返された挨拶はぎこちなくて、やはり突然名前つきで挨拶したのはまずかったかなと後悔する。こちらは彼女の事を覚えていたけど、彼女が自分の事を覚えていなかったとしたら恥ずかしすぎるし。自慢じゃないけれど、僕は顔も印象も薄い男だから。
「あれ?」
 目の前にある彼女の肩先に、またしても糸のようなゴミが付いているのを見つけた。
「肩になんかついてる」
 この至近距離で無視するのも失礼かと、糸くずをつまむと
「ほら」
 沼袋さんの目の前に、証拠として糸くずを見せた。
「あ、ありがとう」
 視線を合わせてくれない事に若干傷ついたが、エレベーターはあっという間に職場のフロアーに到着し、二人とも人の波に乗って箱から押し出され、そのまま会話は終わってしまった。
 糸くずを捨てようと僕はひとり廊下の隅に見つけたゴミ箱に近づいたが、つまんだはずの指先からそれはいつの間にか消えていた。
「あー」
 どこかに落としてしまったかと、諦めて職場に向かおうとした時
「野崎くん」
 僕の名を呼ぶ声が聞こえ振り向くと、そこに沼袋さんがいた。名前を覚えていてくれたんだ。それだけで嬉しくなった。
「どうかした?」
 何か言いたげにこちらを窺っている彼女の様子に、自分から尋ねてみる。
「あの……、私の肩に何かついていたって言ったでしょ?」
「あ、うん、糸みたいなモノが。あ、もしかしてアレ大切なものだった?」
「……そうなの、大切なものなの」
「えーっ」
 糸くずを探す為に慌てて周囲の床に目を向ける。
「野崎くん、その糸、何色の糸だった?」
「え? 赤だよ。真っ赤な糸だった」
 コピー室で出会った時も、彼女は赤い糸をつけていた。もしかしてファッション的な何かだったのか?
「ダメだ。見つからない。もしかしてエレベーターの中かも」
 引き返そうとする僕を、沼袋さんが止めた。
「大丈夫。もう、見つけたから」
「え?」
「野崎くん、今日お昼一緒に行かない?」
 そう言った沼袋さんは、あの研修の日に見たにこやかな笑みを浮かべていた。

 結論から言うと、現在『沼袋さん』は『野崎さん』になった。僕の妻になったのである。
 彼女の家系の女性は不思議な力を持っていて、年頃になると肩から『赤い糸』が生えるのだと言う。そしてその糸が視えるのは、その女性にとっての『運命の人』だけなのだと。実際妻のお義父さんもおじいちゃんも、お義母さんやおばあちゃんの肩に赤い糸を見つけて声を掛けたのが、出会いのきっかけだったそうだ。もちろん糸がどんどん伸びたまま、なかなか運命の相手に巡り会えない女性もいる。妻の叔母である女性は晩婚だったのだが、ご主人によると「リュウグウノツカイのように赤い糸が伸びていた」らしい。それでもそうやって出会えたのだから、彼女達の赤い糸は特定の人物を引き寄せるフェロモンのような物を分泌する特別な器官なのかもしれない。ゴミだなんて言ってしまった自分が恥ずかしい。

 先日、僕と妻の間に待望の第一子が生まれた。宇宙一可愛い女の子だ。
 いつか彼女の肩に、赤い糸を見つける男が出てくるのだろうか。
「僕の目の黒いうちは『肩に糸くずが、なんて言う男が現れたらすぐに逃げるんだよ』と教えるよ」
と言うと
「親バカね」
 そう妻に笑われた。


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