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クナリさん

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将来の夢 絵本作家
座右の銘 明日の自分がきっとがんばる。

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つま先から段々ゴミになっていく少女

18/04/02 コンテスト(テーマ):第155回 時空モノガタリ文学賞 【 ゴミ 】 コメント:6件 クナリ 閲覧数:716

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 高校一年の秋、ある月曜日の放課後。
 一人暮らしをしている僕の部屋に、吹奏楽部の一年先輩である桂木アキ先輩がやってきた。
 僕らは特別仲良くなかったので、「なぜうちへ来たのですか」と聞いた。
「私、つま先から段々ゴミになっていっているの。今は膝くらいまで」
「はあ」
「今週中には頭頂部までゴミになると思われる」
 この人は、そんなに変わった人ではなかったはずなのだが。
「普段無表情な君でも、そんな顔になるよね。では、私のつま先をつまんでみて」
 アキ先輩の黒い靴下の先を指でつまむ。僕はそれを中身ごと、ごく自然に傍らのゴミ箱の中へ差し込んだ。
「あれ?」
「分かる? 私も君も、もう私の足はゴミだと認識している。私の強い認識に、周囲の人間のそれが強圧されているようなのだけど」
「いや、僕は」
「君が私を好きだということには気づいていた。全身がゴミになる時、私がどうなるのかは分からない。生きているのか、死んでいるのか。ゴミに死という概念があるのかも。ただ、そんな瞬間には、私のことを好きな人の傍にいたい。だから来たの」
 そういえば、この人は少し変わった人だった。

 僕は高校で、初めてサックスに触れた。
 部室で夢中になって練習していると、サックスの中に溜まる唾液が気になった。
 近くにいたアキ先輩に「どうしたらいいでしょうか」と聞いた。先輩は割と無口なため、あまり話したこともなかったのだが、僕はそうしたことから空気を読む性格ではなかった。
 先輩は僕のサックスを横倒しにして、出てきた水を自分のハンドタオルで拭き取った。
「先輩それ僕の唾」
「ほとんどは吐息の結露の水。今年のこの辺はまだ寒いから」
「でも」
「よく練習してる。だから汚くはない。洗うし。はい」
 なぜかは分からないが、それから僕は、アキ先輩を目で追うようになった。それ以上のことは特に求めてはいなかったのだが、こんな形での「それ以上」は、更に全く望んでいなかった。

 次の日の火曜日から、僕らは学校に行かずに僕の部屋で過ごした。ゴミになった足では、アキ先輩は外出が辛いらしかった。
 先輩はスマートフォンの電源を切り、僕は学校に風邪をひいたと連絡を入れた後は通知も見ずに放っておいた。
 二人で、クラシックの良さは本当はよく分からないという話をした。
 先輩のゴミ化は、太腿まで進行した。

 水曜日、僕は今日も具合が悪くて休むと学校に連絡した。
 先輩は、ここにいることは親には教えていないので、今頃騒ぎになっているかもしれないと言った。
 この日は二人で、親の悪口を言って笑った。先輩の笑顔をこんなに見たのは初めてだった。先輩にも同じことを言われた。

 木曜日。学校から電話が来たが、まだ風邪だと言い張った。
 先輩のゴミ化は、胸の下まで進行していた。
「どこまでゴミになれば人間でなくなるんだろう。脳かな? 少なくとも、ゴミになった内臓では、もう妊娠や出産はできないか。排泄も消化も止まってるみたい」
 人間を人間足らしめているものは何なのだろう。きっと、ひとつではないのだろう。それが今、先輩からひとつずつ失われていっている。
「君、変な顔してる」

 金曜日。ゴミ化は顎まで来た。心臓はゴミになったのに、まだ先輩は生きている。
「もうする、全身がロミになるんらな」
「僕が先輩をゴミではないと強く認識したら、治らないでしょうか」
「他者認識が私の自認識を強圧れきるほど強ければ可能かもしれないけれろ、理想論れもある。私は心の底から、自分をロミだと思っているから」
「どうして」
「知られらくないな」
 それが、僕がゴミになりゆくアキ先輩の笑顔を見た、最後だった。
「本当は、凄くこわいろ」
 先輩の肩を抱きたかった。でも、空いた手でゴミ箱を引き寄せてしまったらと思うと、怖くてできなかった。

 土曜日。
 一人暮らしの部屋には僕しかいない。
 スマートフォンには何件もの着信の他、先生から、家に見舞いに来るというメールも入っていた。
 いきなりチャイムが鳴り、先生が来た。
「心配したのよ。あら、何この大きなゴミ」
「あれ、何だっけ、これ。次のゴミの日に必ず捨てます」
 先生と少し話をしていると、ドアが静かに開き、そして閉まった。風だろうか。
 大きなゴミが消えている。
 その時、棚に置いたハンドタオルが目に入った。
 何だ、あれは。
 僕のじゃない。
 そう、洗って返すと言って、返せずにいたのだ。

 誰に?

 僕は部屋を飛び出した。そこに、桂木アキがいた。腕をつかむ。
「あなたはゴミにはなれない! 少なくとも僕がいる限りは!」
 視界が歪むほど涙が出たのは、初めてだった。
 だからアキ先輩がこの時どんな顔をしたのかは、今でも分からないし、彼女も未だに教えてくれないままでいる。


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このストーリーに関するコメント

18/04/02 霜月秋介

クナリ様、拝読しました。
好きな先輩が徐々にゴミになっていくという発想に脱帽しました。価値観の違いから、ある人にとってはゴミでも、別の人にとってはとても大切なもの、なんてことがよくありますね。現実と空想が入り交じったような不思議な感覚のお話でした。面白かったです。

18/04/05 クナリ

霜月秋介さん>
ありがとうございます!
なんの説明もなく奇妙な事態が進行していく……というのが好きなので、楽しく書けました(^^;)。
価値観の違いが、時には人を助けることもあると信じているので、今回の話はストーリーラインの裏にこめた気持ちがけっこう大きかったです。

18/04/23 いっき

体がゴミ化するという得体の知れない奇病を患っているもののどこか冷静な先輩に、不思議な魅力を感じます。主人公もその魅力に惹かれたのでしょう。主人公が素直な想いを口にするラストがとても素敵で感動しました。

18/04/29 クナリ

いっきさん>
ありがとうございます!
私の作品には変わり者が多いのですが、今回も変わり者でした。
よい風に受け止めていただけたようで、よかったです!

18/06/07 光石七

自分のことをゴミだと否定する人は少なくないかもしれませんね。
だけど、自分を大切に思ってくれる人がいると気付けば、自分の価値を少しずつでも肯定していけるのではないでしょうか。
人が徐々にゴミになっていくという奇抜な設定の中、語り口は素直で飾らず、込められたメッセージが自然と心に入ってきました。
素晴らしかったです!

18/06/08 クナリ

光石七さん>
自分がゴミだ、ってけっこうお知り合いも言いますし、自分でも思うんですよね。
で、それが具現化してさえ、「そんなことないよ」って言える物語にしたかったのです。
一人称にするかどうかで悩んだのですが、「これは一人称で語らずしてどうする!」と決めてよかったです。
コメントありがとうございました……!

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