1. トップページ
  2. 桃太郎鬼譚

冬垣ひなたさん

時空モノガタリで活動を始め、お陰さまで4年目に入りました。今まで以上に良い作品が書けるよう頑張りたいと思いますので、これからもよろしくお願いします。エブリスタでも活動中。ツイッター:@fuyugaki_hinata プロフィール画像:糸白澪子さま作

性別 女性
将来の夢 いつまでも小説が書けるように、健康でいたいです。
座右の銘 雄弁は銀、沈黙は金

投稿済みの作品

0

桃太郎鬼譚

18/04/02 コンテスト(テーマ):第154回 時空モノガタリ文学賞 【 復讐 】 コメント:1件 冬垣ひなた 閲覧数:337

この作品を評価する

 今は昔の物語。
 復讐の刃を握ると決めた若者は、父の付けた名前から「桃」の一文字を捨てた。
 母を奪った春が憎い、と。
 名は太郎、鬼を狩る為にただ生きる。

   ◇

 桃の花が村を染める季節、鬼どもに母がさらわれた。あれは俺の弟が生まれたばかりの事。
 忌まわしき巨体の鬼はのうのうと逃げおおせて、海を渡った小島に住み着いた。「人外の仕業にあがいても無駄だ。母のことは諦めろ」と言うだけの村人は、俺の訴えに耳を貸そうともしなかった。
 父は……何故か持ち慣れぬ大金を手にしていて、母がいなくなった途端、博打や酒で身持ちを崩した。
 生活に窮した俺は乳飲み子の弟を連れ、年老いた和尚に引き取られ村外れの寺に身を寄せることとなる。


 だが俺たち以上に哀れなのは、もう生きてはいないだろう母だった。無慈悲な鬼にどれだけ生き地獄で苛まれた事か、想像するたび俺は狂ったように寺の柱を爪で掻いて手を血まみれにした。
 忌々しい悪鬼どもを懲らしめる?
 いや、それでは足りない。
 何も知らず育つ弟の無垢な寝顔に、俺は心を打たれる。
 復讐は必ずこの手で終わらせねば。
 この子には何の罪もないのだから。
 俺には……母を救えなかった罪がある。


 和尚には内緒で、村に住み着く浪人に剣術を学んだ俺の進む道は一つだった。
 鬼を皆殺しにする。
 しかし、俺を戒める和尚は人の道を説くのだった。
「太郎や、鬼とて命ある者。みだりに殺生してはならぬ」
「分かりませぬ。受けた恩を返すように、恨みを返すことのどこがいけないのでしょうか?」
 和尚は少し迷った後、長年閉ざしていた村の秘密を明かした。
「その昔。お前の父は、村人とともに鬼の仲間を殺して宝をせしめたのじゃ」
 ……その報復に母はさらわれたが、それ以来、鬼は村を襲うことは一度たりともなかった。
 異形の者にも心はあるのだ。
 そう言い、和尚は俺を幼子のように優しく諭す。
「憎しみはどこかで終わらせねば」
 しかし、俺は腹にたまった憤怒で声を張り上げた。
「俺は……父とは違う。母がいなくなった途端、怯えるように生活から逃げたあんな腑抜けになりたくはないんだ!」
 そんな俺に憐れみの目を向ける和尚の表情には、わずかに疑心の色が浮かんだ。
「太郎、お前の父はその生活を守るため、欲に目が眩んで何もかも失ったのだ。よく考えろ。その憎しみは母の為か? 弟の為か? わしには……そうは見えぬのだ」
 俺は一瞬心の奥底を覗かれたように、押し黙った。刃を握るとき、俺の中に潜む暗い情動を見透かされたような気がして。
 寺に来て八年になろうかという頃、後ろめたさを胸に秘め、俺は剣を携え寺を出奔した。
 その身を案じてくれた慈悲深い和尚。
 もしこれが父ならば。
 俺は母の不幸に諦めがついただろう。

  ◇

 一匹、二匹、三匹……。
 島に小舟で渡った俺は、洞穴に住まう鬼たちを待ち伏せては片っ端から斬り殺した。
 鮮血を吹き出し喚きながら倒れていく鬼の姿に、俺は己の心が春を逆行して真冬の氷雪に変わってゆくのを覚えた。
 どうだ、積年の恨みを思い知ったか!
 理性の枷から解放された獣じみた感情は、わずかに残った憐れみを打ち消し、清々しくさえあった。
 四匹、五匹……。
 そこまで俺の手が血で濡れたとき、不意に童の姿が見えた。
「パ―パ! マーマ!」
 鬼の童だ。
 弟と同じ位の年に見える、金髪の小鬼が、剣を振るう俺を見て怯えたように泣いている。
 俺は、一瞬我に返った。


 確かに、今まで殺めた鬼にも、御伽話に聞くような角は生えていなかった。
 和尚の言う通り、この鬼たちはすでに悔い改めたというのだろうか。
 これは……これでは、まるで人間ではないか?


「桃太郎……やめて!」

 それは幻だった。
 小鬼を庇うよう駆けてきた女の鬼が……あの日の母の顔をして、明瞭な人間の言葉で俺の名を……忌々しい過去の名を呼ぶ。
 小賢しい、鬼どもめ!
 舞い戻る憎悪に善の心を掻きむしり、俺は凍てついた瞳でゆっくりと剣を構え直す。
 幼子の顔で、母の顔で惑わすな……。
 弱くて何も守れやしなかった俺を嘲りに来たのか?
 俺は誰よりも強いのだ。
 父とは違う……!
 剣を振り上げた俺は、真っ白な意識の中で叫んだ。

「その名で……俺を呼ぶな……!」

 肉の重い感触。
 血飛沫。
 女の鬼が小鬼を抱いたままゆっくりと倒れる。
 母と同じ、張りつめた絶望のまま。
 俺の心は涙一つ出ないほど乾ききっていた。


 こんなものは、幻だ。
 なのにこの血はどうしてこんなに暖かいのだろう……。
 驚くほど冷めきった俺は、返り血で濡れた我が身を強く抱きしめる。
 母よ。知らなくてよかった。
 あなたを慕うこの心にも、鬼が棲んでいる。


コメント・評価を投稿する

コメントの投稿するにはログインしてください。
コメントを入力してください。

このストーリーに関するコメント

18/04/02 冬垣ひなた

≪補足説明≫
・こちらの作品はテーマ「育児」で書かせていただきました拙作『鬼ヶ島異聞』と舞台を同じにした別視点の物語になっています。

ログイン